不思議の国のアリス ミュージカル版

ALICE IN WONDERLAND: DREAM-PLAY

ルイス・キャロル&ヘンリ・サヴィル・クラーク Lewis Carroll & Henry Savile Clarke

大久保ゆう訳




【キャスト】(登場順)

 アリス
 妖精たち
 白ウサギ
 芋虫
 公爵夫人
 コック
 チェシア猫
 帽子屋
 弥生ウサギ
 ヤマネ
 トランプの兵隊
 ハートのクイーン
 ハートのキング
 ハートのジャック
 処刑人
 グリフォン
 ウミガメフーミ

 白のチェスのコマたち
 白のクイーン
 白のキング
 ユリ
 バラ
 赤のクイーン
 チードルダン
 チードルデー
 セイウチ
 大工
 ハンプティダンプティ
 赤のチェスのコマたちと馬
 赤のキング
 ライオン
 ユニコーン
 羊の肉
 ウェイターたち
 プディング


【台本】

◆第一幕「不思議の国」

 時は秋、場所は森。アリスがある木の根本で眠っていると、妖精が現れ、アリスの周りをひらひらと踊り出す。

 〈うた:妖精たちのコーラス〉
  お眠りなさい、輪のなかで
  小鳥と蜂の子守歌
  こんな森でも大丈夫
  この木の下は、妖精たちのたまり場だから
  お眠りなさい、アリスちゃん
  小川と山の魔法歌
  寝てるあなたを守るから
  起きたらそこは、不思議の国の夢のなかだよ

 妖精たちはアリスの左右に分かれ、コーラスの声は優しく遠のいてゆく。場所は変わり、不思議の国のどこかの庭。わきの方に大きなキノコがあり、その上で芋虫が煙管をふかしている。アリスは目を開けると、何が何だか分からないというふうに、あたりをうろちょろする。そこへ白いウサギがあわてたていで、前を横切ってゆく。

アリス あの、よろしくて?

 白ウサギは通りすぎ、その際に白手袋と扇を落としていく。

アリス もし! もし! 今日はへんてこなことばかり。でも昨日はいつも通りうまくいっていたわ。もしや夜のうちにあたくしの身に何かあったのかしら。いえ、考えてもごらんなさい。今朝起きたときのあたくしはやっぱりあたくし。でも今あたくしがあたくしでないとすれば、いったいどなた? もう! まったく悩ましいことね。記憶の方ははっきりしてる? どうかしら。ええと、4×5しご=12、4×6しろく=13、4×7しひち――もう! こんな調子じゃいつまで経っても20にならなくてよ。だったら「がんばるミツバチ」のうたはどうかしら。

 〈うた:アリスのソロ〉
  びっくりだ わあにさん
  しっぽがね ぴいかぴか
  ナイルがわ ざあぶざぶ
  うろこにね びっしゃびしゃ

  キバだして にいんやり
  ツメひろげ じゃきーん
  おいでませ さかなちゃん
  にこにこ……がぶりっ!

アリス もう! 歌詞が全然違ってよ、とってもくたびれたわ。ひとりぼっちだなんて。

 そこへ向かい側の芋虫が声を掛ける。

芋虫 おぬしは誰じゃ。
アリス あたくし? あいにくわからないの、今のところ。少なくとも今朝の段階ではわかっていたのよ。でもそのあと、あたくしはなぜか変わってしまったみたい。
芋虫 どういう意味かの? はっきりしてくれ。
アリス だからはっきりしないの。あいにく、あたくしがあたくしじゃないのよ、わかって?
芋虫 わからん。
アリス これ以上説明のしようがないわ。どういったらいいのかしら?
芋虫 だから、おぬしは誰なのじゃ。
アリス まずは自分から名乗った方がよろしくてよ。
芋虫 なぜかね?

 するとアリスはぷいっとして、歩き去ろうとする。

芋虫 そこへ戻れ! 大事なことを教えてやろう。

 アリスは戻ってくる

芋虫 そう怒るな。
アリス (ぷんすかして)それだけ?
芋虫 いや、自分が変わったと申すのじゃな?
アリス たぶん、あいにくね。前みたく思い出せないの。
芋虫 思い出せぬとは、何をじゃ?
アリス ええ、「がんばるミツバチ」をうたってみたの。でも違う歌になったわ。
芋虫 ならば「ウィリアムじいさん」のうたはどうかね?
アリス よろしくてよ。

 〈うた:アリスのソロ〉
 「もう年なんだ、ウィリアムじいさん。」
  若者言った、「頭は白髪、
  なのにいつでも逆立ちばかり――
  自分のことを考えてみろ。」

  息子に向かってじいさん言った、
 「若い頃には不安もあった、
  だけど元々バカだと気づき、
  それからあとは打ち込むのみよ。」

 「もう年なんだ、わかってくれよ、
  どっから見ても太りすぎだよ、
  なのに戸口でバク転なんて――
  いったい何を考えてんだ。」

  白髪振り分け、じいさん言った、
 「若い頃にはしなやかじゃった、
  この塗り薬のおかげでな――
  一箱一シル――どうじゃ二箱?」

 「もう年なんだ、歯茎も弱い、
  やっと脂身食えるくらいで、
  鵞鳥の骨をがりがり砕く――
  こりゃいったいどうなってんだ?」

 「若い頃には屁理屈ばかり、
  ことあるごとに女房と言い合い、
  おかげでアゴも鍛えられてな、
  死ぬまでずっとそのままじゃろな。」

 「もう年なんだ、普通だったら
  目の方だってしょぼしょぼのはず、
  それでも鼻にウナギを立てて、
  じいさんどうしてこれほど器用?」

 「三度も言えば、わかるじゃろう!
  いいかいお前、いい気になるなよ、
  こんな話はもうたくさんじゃ、
  なねば階段から蹴り落とす!」

芋虫 正しくないのう。
アリス 割とね。ところどころ変ではあったわ。
芋虫 はじめから終わりまで間違っておる。さらばじゃ。

 芋虫とキノコが遠ざかってゆく。そこへ白ウサギが通りがかる。

白ウサギ 御前様! 御前様! ぴょんぬるかな! ああっ! ぴょんぴょんぬるかな! このままでは御前様に死刑にされよう。はてさて、どこに落としたものか。
アリス (傍白)扇と手袋を探しているのね。

 そこでアリスも探し始める。白ウサギはアリスに気がつく。

白ウサギ おいメリアン、ここで何をしておる? とっとと家へ戻って手袋と扇を持っておじゃれ。
アリス (傍白)あたくしをメイドと勘違いしてるのね。あたくしが誰だかわかったら驚いてよ。でも今は扇と手袋を取ってきた方がよさそう。

 アリスは扇と手袋を拾い上げ、白ウサギに手渡す。

白ウサギ すまぬ、メリアン。助かったぞよ。御前様を待たせておる。赤んぼとコックを連れてこちらへ向かっておるのじゃ。

 白ウサギは去ってゆく。

アリス まああきれたこと! メリアンだと思いこんでるわ。御前様がやってくる? 赤んぼ? 料理人? まさか赤んぼを料理するっていうのかしら。

 そこへ子どもを抱いた公爵夫人登場。雪平鍋とコショウ瓶を持ったコックとチェシア猫も出てくる。

アリス 教えてちょうだい、この猫ちゃんどうしてこんなにニタニタしてるの?
公爵夫人 こやつはチェシアの猫ゆえにな。
アリス なるほど、チェシアの猫はニタニタするものってわけね。へえ、猫ってこんな笑い方ができるのね。
公爵夫人 こやつらはみなできおるし、ほとんどがそうしておる。
アリス 思いもよらぬことね。
公爵夫人 そちが物を知らぬだけ。世のことわりじゃ。
コック コショウ瓶のなかみがないぞ。半分もない、四分の一もない。
   てきぱきゆでゆで
   ぐにゃぐにゃまぜまぜ
   くしゅんと入れて
   いち、に、さん
   さいしょはかみさん、つぎは猫に、さいごは赤子の分なのさ

 コックはスープと赤んぼに代わる代わるコショウをかける。

アリス ねえ、気をつけたらどうなの? ほら、その子の大事なお鼻が!
公爵夫人 みなが自分のやることに気を遣おうものなら、世界はいつもよりずいぶん早く回ろうぞ。
アリス そうならない方がよくてよ。考えてもみて、そんなことしたら昼と夜がどうなるか。いいこと、地球は自転するのに二四時間ちょっきり――
公爵夫人 ちょっきりとな、こやつを打ち首にせい!
アリス 二四時間、あれ、一二時間だったかな。
公爵夫人 黙らっしゃい、数字などいらいらする。

 〈うた:ソロが公爵夫人、コーラスがコックと赤子〉
 (公)小さな子どもはどやしつけろ
    くしゃみをしたらぶったたけ
    そいつはただのいやがらせ
    わかってやってる、このクソガキァ
 (コ)わう! わう! わう!

 (公)わが家のガキにはしかりつける
    くしゃみをしたらぶったたく
    ほうっておけばそのうちに
    コショウだって楽しみやがる
 (コ)わう! わう! わう!

公爵夫人 (コックへ)おゆきなさい。

 コックが去る。

公爵夫人 ほおら受け取り!(赤んぼを舞台の外へ放り投げる)さて、クイーンさまのところへ。

 公爵夫人と猫と白ウサギの全員が出て行く。

アリス さて、これからどうしたものかしら。あのコックさん、赤んぼを受け取れているといいのだけれど。

 チェシア猫の頭が木の上に現れる。

アリス チェシアのにゃんにゃん、教えてちょうだい。ここからどちらに行った方がよくて?
チェシア猫 そいつはお前の行きたいところ次第だにゃ。
アリス 別にどこでもよくってよ。
チェシア猫 ならどこへにゃりとも行けばいい。
アリス ちゃんとたどり着きたいの。
チェシア猫 そりゃどこかへは着く。それにゃりに歩けば。
アリス このあたりにはどんな人がお住み?
チェシア猫 向こうにゃ帽子屋が住んでいる。あっちには弥生ウサギだ。好きにゃ方に行け――どっちも変にゃやつだ。
アリス でも変な人のところにいくのはごめんだわ。
チェシア猫 まあ仕方のにゃいこと。ここじゃみんな変にゃ。にゃあも、お前も。
アリス あたくしが変? どうして?
チェシア猫 お前は変にゃ。でにゃきゃ、こんにゃとこにゃ来にゃい。
アリス じゃあ、あなたが変っていうのは?
チェシア猫 まず犬は変じゃにゃい、これはいいにゃ?
アリス まあそうね。
チェシア猫 にゃらわかるにゃ。犬は怒るとうにゃって、うれしいと尻尾を振る。にゃのにおいらはうれしいとうにゃるし、腹が立つと尻尾を振る。だからおいらは変。
アリス のどを鳴らすの間違いじゃにゃくて?
チェシア猫 ご指摘はご自由に。どうもそれはわざわざ。

 〈うた:アリスとチェシア猫のデュエット〉
 (ア)チェシャにゃん、どうもありがとう
    教えてくれてありがとう
    こんな貴重なアドバイス
    そこらの猫にはできないわ
    うちのダイナもこんなふうに
    おしゃべりできたらいいのにな
 (両)出てくる答えはいつでもぴったり
    あなた(おいら)は不思議なチェシア猫

 (猫)とてもやさしいアリスにゃん
    おほめの言葉かたじけにゃい
    ぜひともそちらのダイナにゃん
    お会いしたいものですにゃ
    そしたら何でもいっぱい教えて
    立派な猫にしてあげる
 (両)やることなすことほんとにびっくり
    あいつ(おいら)は不思議なチェシア猫

 ふたりは踊ったあと、去る。帽子屋と弥生ウサギとヤマネがお茶会用のテーブルを運びながらやってきて、それぞれ席に着く。そこへアリスもやってくる。

帽子屋&弥生ウサギ 席ならもうないぞ!
アリス いっぱいあるじゃない。

 アリスはいちばんいい席に座る。

弥生ウサギ ワインでも飲め。
アリス ワインなんてないじゃない。
弥生ウサギ どこにもねえ。
アリス (ぷんすかして)とんだ礼儀知らずね。ないものをすすめるなんて。
弥生ウサギ てめえこそ礼儀知らずだ。誘われもしねえのに座りやがって。
アリス あら、三人だけのテーブルだったの? 空いてるところもずいぶんあるけど。
帽子屋 その髪、切った方がいいな。
アリス (きびしく)あら探しはいけなくてよ。
帽子屋 (驚いた顔で)カラスとかけて机ととく、そのこころは!
アリス そんなの考えたらわかるじゃない。
弥生ウサギ じゃあ答えがわかるっていうのか。
アリス 当たり前よ。
弥生ウサギ じゃあ思ったことを言ってみろよ。
アリス だから――まあ言えるとは思うってこと。一緒じゃないの、ほら。
帽子屋 ちっとも同じではないな。ならば食べるものを見ているのと見ているものを食べる、これが同じだというのかね?
弥生ウサギ ほかにも、手に入るものが好き、好きなものが手に入る、これも同じか?
ヤマネ まだまだありますよ。寝ながら息をする、息をしながら寝る。
帽子屋 お前のは一緒だ。(時計を取り出してアリスに聞く)きみ、今日は何日かね?
アリス 四日よ。
帽子屋 二日くるっておる。(弥生ウサギに)おいウサギ、時計にバターは合わんと言ったろ!
弥生ウサギ 最高級のバターだぜ。
帽子屋 ああ、だがパンくずが混入したに違いない。バターナイフなんぞ使うからだ!

 弥生ウサギ、時計を手にとって、カップのなかにつける。

弥生ウサギ 最高級のバターだったのに。
アリス おかしな時計だこと! 時を告げずに日を告げるなんて。
帽子屋 どうしてかね。君の時計は年を告げたりはせんのか?
アリス もちろんよ。でも、だって一年はずっと同じ一年じゃない。
帽子屋 それはこっちの時計とて同じこと。さっきの謎かけはもうわかったかね?
アリス いいえ無理よ。答えは何?
帽子屋 これっぽちもわからん。
弥生ウサギ おれも。
アリス もっとましなことができてよ! そんな答えのない謎かけで時間をつぶすだなんて。
帽子屋 私くらいに時間どのと仲良しなら、呼び捨てでつぶすだなんて言いはせん。「どの」をつけろ。
アリス あなた何を言ってるかわからなくてよ。
帽子屋 ああわからんだろう。なんなら君は時間どのと口をきいたこともないからな。
アリス まあね。でも忙しいときには時間を割いたりするわ。
帽子屋 おお! だからか。時間どのは割かれるのを嫌がる。仲良くなりさえすれば、時計のことはほぼ思い通りにしてくれる。たとえば、朝の九時だとしよう――ちょうどお稽古の始まる時間、ならば君は時間どのにほんのちょっとささやくだけでいい。くるくると時計が瞬く間に回る。一時半――ご飯の時間だ!
弥生ウサギ そうなりゃどんなにいいか。
アリス それはそれはご立派だこと。でもそれじゃあ、おなかがすかないんじゃなくて?
帽子屋 はじめのうちはおそらく。だが好きなだけ一時半にとどめおくことができる。
アリス ならそうしてるの、あなた?
帽子屋 いいや。先の三月にケンカをしてな。そのあとこやつは変になったのだ、ほれ(とウサギを指さす)。あれはハートのクイーンが催した大音楽会でのこと。わたしは歌をうたう役でな。
   きらきらひかる
   やみのこうもり
   ひらひらとぶよ
   おぼんのように
まあこの節をうたい終わらんうちに、女王陛下はどなりなさる。『時間のむだっ! 首をちょんぎれ!』
アリス 恐るるに足る話だわ。
帽子屋 そうして時間どのを無駄死にさせて以後、頼み事を聞いてくれんようになった。今もずっと六時のままだ。
アリス そのせいで、こんなにたくさんティーセットが置かれてあるのね。
帽子屋 (ため息をついて)その通り。いつもお茶の時間なのだ。あいまにティーセットを洗う時間もない。
アリス じゃあぐるりと動いていくってわけね。
帽子屋 さよう。そしてティーセットは使い切りだ。
アリス でも一周しちゃったらどうなるわけ?
弥生ウサギ 話題を変えようや。起きろ、ヤマネ、話でもせい。
ヤマネ むかしむかし三人のかわいい姉妹がおりました。名前はエルシー、レイシー、ティリー。三人は井戸の底に住んでおり――
アリス 食べるものは何?
ヤマネ シロップを食べています。
アリス でもそんなの無理、ほら、病気になってしまうわ。
ヤマネ だから三人は――ひどい病気になってました。
弥生ウサギ もう一杯どうだ。
アリス まだ何もいただいてなくてよ。だからもう一杯なんて無理。
帽子屋 では一杯も飲めないのか。ゼロ足すイチは一杯目だからな。
アリス あなたは口を挟まないで。
帽子屋 あらさがしをしているのは君ではないのか?
アリス (ヤマネに)井戸の底に住んでいるのはなぜかしら。
ヤマネ シロップの井戸ですから。
アリス そんなのありえない!
帽子屋&弥生ウサギ しっ、しーっ。
ヤマネ なのでその三人の姉妹は、かきわける練習をしていました。
アリス かきわけるって何を?
ヤマネ シロップです。
帽子屋 きれいなカップがほしい。さあ、みなのもの、席をひとつ動こう。

 帽子屋が動き、続いてヤマネとウサギも動く。アリスはウサギの隣の席につく。

アリス でもわからないわ。井戸でどうシロップをかきわけるの?
帽子屋 プールでなら水をかきわける、シロップの井戸ならシロップをかきわける――当たり前だ、馬鹿者。
アリス でも底はせまいじゃない。
ヤマネ もちろんせまい、だからそこそこに――三人は「お」で始まるものをかきわけるのです。
アリス どうして「お」なの?
弥生ウサギ 「お」じゃいけないのか?

 ヤマネがうとうとしていると、帽子屋につねられ、ぎょっと声を上げる。そして話を続ける。

ヤマネ 「お」ではじまるものです。たとえば、おとりとか、お月さまとか、思い出とか、おっちょことか。ほら、言うでしょ、「おっちょこちょい」って。見たことありますか、「おっちょこ」をかきわけた絵ってのを。
アリス いきなり聞かれても、わからない[けどたぶん]――
帽子屋 ならば口を出すでない。
アリス (とびあがって)無礼だわ、あなた!

 全員が席を立って、舞台を下りる。

 〈うた:アリス・帽子屋・弥生ウサギの掛け合い〉
 (ウ)あそこの帽子屋、頭がおかしい
 (全)おっしゃる通り、その通り
 (ウ)間違いねえよな?
 (全)その通り!
 (ウ)おかしくなった
    わけは知らんが
    おかしいことはとにかくわかる
 (全)おっしゃる通りでその通り

 (帽)弥生にウサギはおかしくなりおる
 (全)おっしゃる通り、その通り
 (帽)わけはわからん
 (全)その通り!
 (帽)秋はいいが
    春風あたると
    たちまちやつらはおかしくなりおる
 (全)おっしゃる通りでその通り

 (ア)弥生のあいつはほんとにひどい
 (全)おっしゃる通り、その通り
 (ア)主食は石けん
 (全)その通り!
 (ア)帽子屋も変だし
    意味もないのに
    おべっかなんて言いたくなくてよ
 (全)おっしゃる通りでその通り

 全員が離れて踊っている。弥生ウサギと帽子屋はテーブルを片づけ、クラブの2と5と7が出てくる。そのあとハートのキングとクイーン、さらにジャック。つづいて他のカードとアリスもやってくる。――列になってぐるぐると舞台上を回るが、やがて2と5と7が舞台のわきでぺたんと倒れる。

クイーン ジャックや、こやつは誰よの。

 しかしジャックはお辞儀をするだけ。

クイーン 馬鹿者! そこな子ども、名は何と言う?
アリス あたくしの名前はアリスです、クイーンさま。(傍白)ってただのトランプ一組、恐るるに足らずよ。
クイーン (2と5と7を指さして)ではあれは何よの。
アリス そんなこと聞かないで、知ったこっちゃなくてよ。
クイーン (アリスをにらみつけ、わめきながら)こやつの首をちょん切れい! ちょん――
キング これお前、考え直さんか。まだほんの子どもだ。
クイーン これジャック、こやつらをひっくり返せ。

 2と5と7が起きあがり、すばやくみなにお辞儀をする。

クイーン やめい、目が回る。こやつらの首をちょん切れい!
アリス 首なんか切らせなくてよ。
白ウサギ (アリスに)これ――よいお日柄であるな。
アリス よくてよ! あら、公爵夫人は?
白ウサギ しっ! しーっ! 御前様は死刑を言い渡されておじゃる。
アリス どうして?
白ウサギ どうしてなかなかおいたわしや。
アリス そうじゃなくて、悲しいとかじゃなくて――わけを聞いてるの。
白ウサギ クイーンさまにびんたを張ったのじゃよ。
アリス ぷっ、ぷぷっ!
白ウサギ これ、しーっ、クイーンさまがお聴きになる。
クイーン ちょん切ったかえ?
ジャック ちょん切ってございます、クイーンさま。
クイーン ものども、位置に着けい!

 キングがアリスに手を差し出す。ジャックはクイーンのおそばへ。トランプ王室の宮廷舞踏会。最後にチェシア猫の頭が木の上に現れる。

チェシア猫 (アリスに)クイーンはどうにゃい?
アリス だめ。だってめちゃくちゃ――

 そのときクイーンがアリスの後ろに来る。

アリス おしとやか。

 クイーンはにっこりと笑って通り過ぎる。

キング 誰と話しておる?
アリス おともだちのチェシア猫よ。
キング チェシア猫?
アリス ご紹介してもよくって?
キング つらがまったく気に食わん。だが望みとあらばわが手にキスをしてよいぞ。
チェシア猫 べーつにぃ。
キング 無礼なっ、そのような目でわしを見おって。

 キングはクイーンのうしろへ隠れる。

アリス 猫が王さま見たっていいじゃない。
キング むぅ、やつを追い払わねば。(クイーンに)お前、あの猫を追っ払ってはくれまいか。
クイーン やつの首をちょん切れい!
キング おい、処刑人!
ジャック ここに参れ。

 処刑人がやってくる。

キング あの猫の首をちょん切れい!
処刑人 無理です。
クリーン なんと!
処刑人 切り離す身体もないのに首は切れません。そのような経験もございませんし、ただいま挑戦する気もございません。

 〈うた:キング・クイーン・アリスの掛け合い〉
 (両)いぶかるあやつは処刑人
    身体もないのに首など切れぬ
 (ア)いぶかるあやつは処刑人
    身体もないのに首など切れぬ
 (K)いやいや昔は処刑人
    頭があれば切れると言った
 (ア)いやいや昔は処刑人
    頭があれば切れると言った
 (Q)たわけた話はもうやめじゃ
    できねばお前が処刑じゃぞ
 (ア)たわけた話はもうやめじゃ
    できねばお前が処刑じゃぞ

 歌が終わると同時に全員が立ち去る。ただクイーンだけ立ち止まり、アリスに言う。

クイーン そちはもうウミガメフーミにはうたか?
アリス いいえ、そもそもウミガメフーミって何?
クイーン ウミガメ風味のスープの素材になるものよの。
アリス そんなの見たこともないし聞いたこともなくてよ。
クイーン グリフォンがそちに見せてくれよう。

 グリフォンがやってくる。

クイーン そこなグリフォン、この娘っ子にウミガメフーミを紹介せい。わらわは命じた処刑を見届けねばならぬ。

 クイーンは去る。

グリフォン 傑作でい!
アリス 傑作って、何が?
グリフォン あの女さ。みんなあいつの思いこみでい。誰ひとりなく処刑なんてしねえのさ。おうい、ウミガメフーミ。

 ウミガメフーミがさめざめと泣きながら出てくる。

アリス 何が悲しくって?
グリフォン みんなこいつの思いこみでい――別に悲しいことなんかないくせに。おい、この若い娘さんがお前のいわれを知りたいんだとさ。
フーミ 申します。お座りくだせえ。あっしも昔はまっとうなウミガメでした。
グリフォン ひっくるぅー。
フーミ まだ小せえころは海の学舎まなびやに通うもんで。先生は年寄りのウミガメで、あっしらはよくスッポンと呼んどりました。
アリス どうしてそんなあだ名なの? スッポンじゃないのに。
フーミ まっさらな本は素本すほんというもんで。あんたほんとににぶい娘だ。
グリフォン てめえそんな当たりめえのこと聞いて恥ずかしかねえのか?
フーミ で、あっしらは海の学舎に通うとりました。あんたは信じられんかもしれねえが――
アリス できないこともなくてよ。
フーミ ならそういうこって。
グリフォン じゃかあしい!
フーミ とにかく一等の学舎でした。そのはずで、あっしら週日、学校行ってたんですぜ。
アリス あたくしだって「週日学校」に通ってよ。何の自慢にもならないわ。
フーミ 選択はどうだ?
アリス もちろん受けてよ、フランス語に音楽。
フーミ 洗い物はしねえのかい。
アリス するわけないわ。
フーミ おお! ならあんたんとこは、ええ学舎じゃねえんで。あっしらんとこじゃ、勘定の最後にフランス語と音楽と洗い物は「せんたく」てえあったな。
アリス 別に必要ないことなくて。海の底で暮らしてるんだもの。
フーミ まあ、あっしは習うゆとりがなかったもんで、普通の科目だけでやした。
アリス 何があるの?
フーミ そりゃあ、より方にまき方から始めまして。それから算数を一通りやりまして、わたし算にひっきり算、ばけ算にわらい算。
アリス ばけ算だなんて初耳だわ。何それ。
グリフォン 化け物ってな知らねえか。美人ってのはわかるだろ。
アリス ええ、きれいな人ってことよ。
グリフォン それで化け物のことを知らねえたあ、てめえアホウよ。
アリス 他に何のお勉強したの?
フーミ へえ、からっきし、こりゃあ昔のも今のもで、それにとばっちり。あとはヨガ倒錯――ヨガの先生はアナゴのじいさんで、週に一回だけありやす。ヨガの体操をやって、わけわかんなくなりやす。
アリス それってどうやるわけ?
フーミ いや、あっしにゃあとてもとても。身体が硬くて。それにグリフォンの旦那も知りやせんし。
グリフォン 暇がねえもんでな。まあ古典の先生にはついたさ。カニのじいさんよ、そいつは。
フーミ あっしは行っとりませんが、何でも昔の笑ってん語と歯ぎしりや語を教えなさるとか。
グリフォン そうよ、そうともよ。

 二匹の妙な生き物は悲しいあまり、その前足で顔を隠す。

アリス で、一日に何時間くらいあるわけ?
フーミ 一日目は八時間、次の日は四時間と続いていくんで。
アリス まったく変だこと。
グリフォン 何だって時間割と言うだろう。一日ずつ半分に割られていくんよ。
アリス じゃあ五日目は休みってことになるのね。
フーミ その通りでごぜえやす。
アリス でもそれじゃ六日目はどうするの?
グリフォン 時間割の話あもういい。この子に歌をうたおうや。

 〈うた:フーミとグリフォンのコーラス〉
  すてきなすうぷ こくまろみどり
  おなべのなかで ほかほか!
  こんなごちそう みんなくらくら!
  よるのすうぷ すてきなすうぷ!
  よるのすうぷ すてきなすうぷ!
  すうううてきな すううううぷ!
  すうううてきな すううううぷ!
  よおおおるの すううううぷ!
  すてきな すてきな すううぷ!

  すてきなすうぷ おさかないらず
  おにくもおかずも ばいばい!
  こんなにやすくて みんなほくほく!
  これできまり すてきなすうぷ!
  これできまり すてきなすうぷ!
  すうううてきな すううううぷ!
  すうううてきな すううううぷ!
  よおおおるの すううううぷ!
  すてきな すうううてきな すううぷ!

フーミ もしやおめえさんは海の底で暮らしたことねえな?
アリス なくてよ。
フーミ じゃあまさかエビにもお会いにゃなってねえか。
アリス 食べたことはあ[るけど]――(口をつぐんで)一回もなくてよ!
フーミ なら、あれの面白えことはご存じねえですな。エビのフォークダンスで!
アリス ええ初耳よ! それってどういうダンスなの?
グリフォン そりゃまず海辺に沿って一列になってな――
フーミ 二列でい! アザラシにウミガメにシャケにいっぺえよ。で、邪魔なクラゲどもをぜんぶのけたら――
グリフォン いつもそれに暇がかかりやがる!
フーミ 二歩前ん出て――
グリフォン てめえごとで相手にエビをだな――
フーミ そうさ、二歩出て相手につらを向けてな!
グリフォン エビを取り替え、元の列に戻る。
フーミ それから投げんだよ――
グリフォン エビを!(と、叫んで空に躍り上がる)
フーミ できるだけ海の遠くにな。
グリフォン で追っかけて飛び込む!
フーミ 海んなかでとんぼ返りよ。(とあたりを跳ね回る)
グリフォン (大声で)またエビを取っ替えるぅ?
フーミ 陸にまた戻ってそれで一回りよ。

 二匹は頭が変になったみたいにあたりを跳びはね、やがてまた座ってアリスをじっと見つめる。

アリス まあ、それなりに素敵なダンスじゃなくって?
フーミ ちっとばかし見たかあねえですか?
アリス ええぜひ!
フーミ グリフォンの旦那、一回りやってみましょうぜ。まあエビがなくてもできましょうて。旦那が歌い手で。

 〈うた:基本はグリフォンのソロ、フーミが二行コーラスで入る〉
 「もちっと早く歩けない?」とカタツムリにマダラが言った
 「サメがあとを追ってきて、ぼくの尾ひれをつつくんだけど。
  ほおらあんなに頑張って、エビもカメも泳いでるんだ、
  みんな海辺で待ってるよ――行って一緒に踊らないかい?」

  行こうよ、どうかな、行こうよ、どうかな、行こうよ踊りにさ
  行こうよ、どうかな、行こうよ、どうかな、どうかな踊るのは

 「だってすごく楽しいよ、ほんとに君はわからないの、
  エビと一緒につかまれて、海の方へと投げられるんだ。」
  けれど相手は横目見て、「遠すぎるよ」と返事してから、
  誘ってくれて嬉しいが、踊りに行けぬと突き放した。

  いやいや、無理だよ、いやいや、無理だよ、いやいや踊りはさ
  いやいや、無理だよ、いやいや、無理だよ、無理だよ踊るのは

  そこでタラはさらに言う、「遠くたっていいじゃないか、
  向こうにだって行けばほら、やっぱり陸地はあるんだから、
  遠くはなるよイギリスは、でもフランスは近くなるんだ、
  やる気出そうカタツムリ、行って踊りに参加しようぜ。」

  行こうよ、どうかな、行こうよ、どうかな、行こうよ踊りにさ
  行こうよ、どうかな、行こうよ、どうかな、どうかな踊るのは

アリス ご苦労さま! とても愉快なダンスね。それにへんてこなマダラの歌もまあ気に入ってよ。
フーミ おお、マダラと言やあ――そりゃあ見たこたあありやすね?
アリス ええ、よく見るわ。おしょく[じで]――[口をつぐむ台詞]
フーミ まあ、オショクてな場所がどこかは知りやせんが、よく見るんでしたらそりゃどんなふうか知ってやすね。
アリス たぶんね。尾っぽを口にくわえてて、全身にパン粉がまぶしてあってよ。
フーミ パン粉は何かの間違いですぜ。海んなかじゃあパン粉なんかみんな流れちめえます。でも口に尾っぽをくわえたあいるな。
グリフォン そういうわけで、マダラはエビと一緒に踊りに行くんで。で、海へ放り投げられて、で、落ちるまでに暇があって、で、口に尾っぽをくわえるて、で、二度と口から出なくなったってえことよ。
アリス ご苦労さま。とっても愉快だわ。マダラのことなんて今まで全然知らなかった。
グリフォン マダラって名前の由来は知ってるか?
アリス 考えてもみなくてよ。何なの?
グリフォン (真剣に)革靴をまだらに磨くからよ。
アリス 革靴を磨く?
グリフォン そうよ、革靴を磨いたらどうなる?――つまりきゅっきゅって磨いたらだぜ。
アリス 普通はぴかぴかの真っ黒になってよ。
グリフォン 海んなかじゃ革靴を磨きゃあ、まだらになるんよ。覚えときな。
アリス その、海の革靴ってどうなってて?
グリフォン そりゃ下は靴ジャコで、靴ハモを結ぶのさ。そんなのカレイでも知ってるぜ。[「カレイ」は「誰」のアクセントで]
アリス あたくしがマダラだったら、サメにはこう言ってやってよ。ついてこないでちょうだい、一緒にいたくないの。
フーミ 連れなきゃなんねえのです。ズサメなきゃ魚ってな、どこにも行けねえんで。
アリス まさか。
フーミ そのまさかよ。まあ、あっしのとこに魚が来て、これから旅に出るなんて言やあ――こう言うね。どこをズサメんだ?
アリス それって「目指す」じゃなくって?
フーミ てやんでえ。まあおめえさんの身の上でも聞かせてくだせえ。
アリス 今日はまったくおかしな目に遭ってよ。イモムシに「ウィリアムじいさん」をうたったんだけど、歌詞が全部違っちゃうの。
フーミ そりゃ妙なこって。
グリフォン こりゃ不思議この上ねえ。
フーミ 歌詞が全部違っちまうとは。ちょいと聴きてえな。何かうたってみてくだせえ。
グリフォン ほれ立って、歌は「グズのうた」で。

 〈うた:アリスのソロ〉
  こいつはエビの声、聞こえてくるぞ
 「おいおい焼きすぎだ、砂糖をまぶせ。」
  アヒルのまぶたみたく、鼻を使って、
  身支度ととのえて、内股歩き。

  砂浜干上がると、はしゃぎだしては、
  サメをバカにして、まくし立てそう、
  ところが満ち潮で、サメが泳ぐと、
  その声ふるえだし、小さくなった。

  庭先さしかかり、片目で見ると、
  ヒョウとフクロウが、パイをわけっこ、
  ヒョウはパイ生地と、肉汁お肉、
  かたやフクロウは、食後のお皿。

  パイがなくなると、お礼とばかり、
  なんとフクロウは、スプーンをいただく、
  がるるる迫りくる、フォークとナイフ、
  ヒョウは〆として、フクロウぺろり

グリフォン もうお裁きの時間でい。
アリス 何? お裁きって。
フーミ ハートのジャックのお裁きで。

 トランペットのマーチが鳴り響く。ハートのキングとクイーン、トランプの兵隊がやってくる。白ウサギも儀式用の格好で出てきて、ジャックは鎖で縛られ、兵隊に囲まれている。

キング 進行役の白ウサギよ、罪状を読み上げよ。

 白ウサギは三度トランペットを吹き、巻物を広げて読み上げる。

白ウサギ ハートのクインがタルトをつくる
       夏のさなか一日かけて
     ハートのジャックがタルトをぬすむ
       かくれてこっそり独り占め
キング 第一の証人を呼べい。
白ウサギ (トランペットを吹いて)第一の証人。

 帽子屋が入ってくる。手にはティーカップとバターつきのパン。それから弥生ウサギとヤマネも腕を組んで入ってくる。

帽子屋 失礼をば、キングさま。このようなものを持ち込み。ですが呼ばれた際はお茶会の真っ最中だったもので。
キング 済ませておくべきであるぞ。いつ始めた?
帽子屋 三月十四日です、おそらくは。
キング それを取れ、そのほうの帽子じゃ!
帽子屋 わがものではなく……。
キング 盗みおったか!
帽子屋 売り物で。わがものではなく、帽子屋でありますゆえ。

 クイーンは眼鏡をかけ、帽子屋を睨みつける。そのため帽子屋は落ち着かない。

キング 早う証言をせい、びくびくするでない、即刻死刑を申し渡すぞ。

 帽子屋は取り乱してパンではなくカップをひとかじりしてしまう。

クイーン 先日の音楽会の歌い手名簿を持って参れ。

 帽子屋はふるえるあまり、靴が両方脱げてしまう。

キング 証言をせい、さもなくばびくびくのいかんを問わず、死刑に処すぞ。
帽子屋 わが輩はつまらぬものです、キングさま。それにお茶を始めてより――まだ一週間もございません。パンは次第に薄くなり、お茶はてかてか――
キング てかとな? 何がだ。
帽子屋 お茶のことにございます。
キング ふむ、そりゃお茶は「てえ」とも言うわい。わしをバカにしておるのか! 続けよ。
帽子屋 わが輩はつまらぬものですが、そのあとあちこちがてかてかと――ただ弥生ウサギが申すには――
弥生ウサギ 言わない!
帽子屋 言った!
弥生ウサギ 間違いだ!
キング 間違いか、ではその部分を削除せい!
帽子屋 ではとにかくヤマネが申すには――
ヤマネ 言いません!
帽子屋 言った!
ヤマネ 違います!
帽子屋 ではそのあとわが輩はバターつきのパンをもう少しとちぎりまして。
キング 待て、ヤマネは何と言ったのだ?
帽子屋 それが思い出せず……。
キング 思い出さねば死刑にするぞ!

 帽子屋はティーカップとパンを落とし、ひざまずく。

帽子屋 わが輩はつまらぬものでございます、キングさま。
キング 確かにそのほうの話はつまらん!

 ここで周りから拍手喝采が起こる。

キング 知っているのがそれだけなら、もう下がるがよい。
帽子屋 これより下へは行けません。床を突き抜けろとおっしゃる?
キング ならば尻を床につけい!
帽子屋 よろしければお茶の方を済ませても……
キング 構わん、行け――

 帽子屋は走り出ていく

クイーン 外でやつを打ち首にせい!
キング 次の証人を呼べ!

 公爵夫人のコックがコショウ瓶を持って入ってくる――その近くからひとつふたつくしゃみが聞こえる。

キング いったん時間を取った方がよかろう。さあ、みなのもの、それ!

 全員がくしゃみをする。

キング そこなもの、証言をせい。
コック まっぴらだね!
キング タルトは何でできておる?
コック だいたいコショウさ。
ヤマネ てんぷらです!
クイーン そのヤマネを引っ捕らえよ! そのヤマネの首を切るのじゃ! そのヤマネをつまみ出せ! 取り押さえよ! しょっぴけ! そのヒゲをちょん切れええ!

 コックが下がる。

キング 次の証人は?
白ウサギ (トランペットを吹いて)アリス!
キング この件について何を知っておる?
アリス なんっにも!
キング これっぽちもないか?
アリス これっぽっちもない!
キング これは一大事だ! こうなれば、そのほうのお裁きを相談せねば。
クイーン いいいいいえっ! お裁きを言い渡すのが先、相談はあと。
アリス がらくたのからっぽ!
クイーン 黙らっしゃい。
アリス 黙らない!
クイーン この娘の首をちょん切れ!
アリス 誰も聞かなくってよ! お裁きはこうよ、「無罪、だけどジャックは二度とタルトを盗まないこと」。
全員 無罪! おおおおおお!

 〈うた:アリス・キング・クイーン・その他大勢の掛け合い〉
 (ア)みなみな無罪を申し渡す
    ただしジャックはこれ以後
     つられてタルトを盗まないこと
 (K)おやおや無罪になったのか
    これではお前ももはや
     ジャックの首をちょん切れぬ
 (Q)なんだと無罪のはずはない
    アリスやバカを申すな
     タルトが勝手に逃げたとでも?
 (ア)そうです、そういうことなのです
    それでもいらいらするのなら
     自分の首を切ればどう?
 (全)これにてハートのクイーンも
    とうとう追いつめられたのさ
    ぼくらの友のお裁きで
    結果、ジャックは無罪放免
    みんなで無罪を申し渡す
    ただしジャックはこれ以後
     つられてタルトを盗まないこと
    無罪になってようやくわかった
    今まで起こった変なこと
     ぼくらのアリスが不思議の国に来たわけが

◆幕間

◆第二幕「鏡を抜けて」

・第一場 鏡の間

アリス 鏡の国へすり抜けられないものかしら。そうなれば素敵、きっときれいなものもあってよ。そうよ、そんなふりをしてみれば! この鏡は頑張ればすり抜けられるの。鏡はふわふわした薄いガーゼってことにして、だから向こうにも行けてよ。あら、何だかちょっとぼんやりしてきて、えっ? これなら簡単に通り抜けられそう……

 アリス、暖炉の上にのぼって、鏡の向こうに通り抜ける。

・第二場 鏡の国

 色鮮やかな花園。そこへチェスのコマがわらわらと舞台上に現れる。

 〈うた:チェスのコマのコーラス、うたのあとダンス〉
  さあさあただちに戦闘配置
  赤白キングに、おそばにクイン
  ビショップわきから援護攻撃
  ナイトの動きは縦横無尽
  ポーンは兵隊、両翼固め
  ルークは構えてにらみをきかす

 ダンスの終わりに白のポーンが一体倒れ、白のクイーンが駆け寄って拾い上げようとしたが、その勢いで白のキングにぶつかってしまい、クイーンとキングも舞台上に倒れてしまう。そこへアリスがやってくる。

アリス えっ、チェスのコマが歩き回っててよ!
白のクイーン うちの大事な百合ちゃん、うちの世継ぎの子猫ちゃん!

 と、白のクイーンは起きあがろうとするができない。

白のキング (仰向けになって鼻をこすりながら)なあにが世継ぎじゃわい。

 アリスは白のクイーンをまっすぐに立たせ、ポーンも同じようにする。

白のクイーン あなた、火山に気を付けるざます!
白のキング なあにが火山じゃわい。
白のクイーン 足をすっころばせたざますよ、いつもみたく起きあがるときも、すっころばないよう、気を付けるざますよ!
アリス (白のキングを抱え上げて)そんな調子じゃ起きるのに何時間もかかってよ。

 白のキングは起きようともぞもぞしている。

アリス だから今、手を貸しててよ! よくって?

 白のキングはアリスの手で速やかに助け起こされ、ちりも払われるが、そこでキングは妙な顔をする。

アリス そ、そんな顔をしないでいただけて。そんなに面白い顔しちゃ、もう耐えらんない。やめて! 口を大きくだなんて! ちりをみんな吸い込んじゃうわ! ほら、これできれいでしょ。

 白のキングはまっすぐ立ったが、歩かせた瞬間にまた仰向けにひっくり返ってしまう。

アリス あら、気絶かしら。
白のキング おまえ、こりゃほおひげの毛先も凍る思いじゃわい!
白のクイーン あなたにほおひげなんてないじゃない。
白のキング あのときの恐ろしさときたら、もう絶対、絶対に忘れられんわい!
白のクイーン でもちゃんと書き留めておかないと忘れちゃうざますよ。

 白のキングは起きあがり、メモ帳を取り出して書こうとする。そこへアリスはキングの手と鉛筆に自分の手を重ねて助けようとする。

白のキング おまえ、こりゃもっと細い鉛筆がいるわい。こいつじゃ何ともできん――思う方とは違う方に動きよる。
白のクイーン (メモ帳を取って)どれどれ、どんなふうざますか。あなた、これ、気持ちのメモになってないじゃない! (アリスに)そこの人、これを読むか歌うかしてごらんなさい。
アリス あたくし? でもこんなのちんぷんかんぷんよ。
白のクイーン (白のキングに)じゃああなた、読んでおあげんなさい!

 〈ジャバウォッキのうた:キングのソロ〉
  ぐつのころ、ずるるトウヴが
  うぬるであゆってはすった。
  あわるなのがボロゴウヴ、
  じめなレイスがののしたてる。

 「せがれよ、ジャバウォックにようじんじゃ、
  そのアゴでかみつき、そのツメでつかみくる、
  ジュブジュブどりにもようじんじゃ、そして、
  あうなよ、いきりくるったククッタクリには!」

  かれはコトハのつるぎをてにして、
  ひさしくまんとうのかたきをさがし――
  タムタムのきのもとでひとやすみ、
  しばしおもいにふけりたちつくす。

  そしてらあらしおもいでいると、
  ジャバウォックがめをもやし、
  ふぐれたもりからひゅうるとあらわれ、
  いきなりのことにひっぐり!

  えい、や! えい、や! たぁ、たぁあ、
  コトハのつるぎがかたなりほうだい!
  てきをたいじし、くびをかかえて、
  うきっぷしながら、かえりゆく。

 「ジャバウォックをたおしたか?
  よくぞやった、わがひかりのせがれ!
  きょうはめでたい! あはれ、あっぱれ!
  うれしくて、おもわずふっかわらい。

  ぐつのころ、ずるるトウヴが
  うぬるであゆってはすった。
  あわるなのがボロゴウヴ、
  じめなレイスがののしたてる。

 全員が急いで立ち去り、アリスはひとり残される。

アリス ねえお願い、ここにいて! (百合に)ねえオニユリさん、あなた、お話できればいいのに。
ユリ できりゃんす。相手するに足る者ならいくらでも!
アリス (ささやきに近い声で)じゃあ、お花ってみんなお話できて?
ユリ ぬしと同じくらいに、もっと大声でもできるぞえ。
バラ これ、わっちらから話しかけるものでない。いつ話し出しやせんかと気が気でなかったわ。まあ確かに、この者の顔はモノをわかっておる者の顔じゃが、利口そうではないのう。でも、ぬし、いい色をしておるな。なかなかのもんじゃ。
ユリ 色などどうでもよい! 花びらがもうちょい丸けりゃ文句などありんせん。
アリス こんなとこに植えられて怖くはなくって? 誰のお世話もなくってよ。
バラ 木がありんす、そのほかに何の役に立つんかえ?
アリス でも、危なくなっても木にいったい何ができて?
バラ 声出しをしんす。あれは小枝の多い木だけにの。
アリス まあうまく言ったものね。今までいろんなお庭に行ったけれど、話をするお花なんていなくてよ!
ユリ 手を下ろして土に触れてみりゃれ。そうしたらわけもわかろうて。
アリス かっちこち。でもそれがどうかしたの?
ユリ たいていの庭はとこがふかふかすぎての、花はいつも眠ってしまいんす。
アリス 思いも寄らないことね! あたくし以外に誰かこの庭に来て?
バラ もうひとり、ぬしのように動き回る花がおったえ。理屈はわかりゃせんが、ぬしよりはもじゃもじゃしておったぞえ。
アリス あたくしみたく? (傍白)ということは、この庭のどこかにもうひとり女の子がいるのかしら。
バラ そういえば、ぬしみとう、けったいななりをしておったが、確かもっと赤うて花びらも小そうありんした。
ユリ あれの花びらは閉じきっておって、まるでダリアえ。ぬしのようにちょこちょこしてありんせん。
アリス その人はもうここを出て?
バラ まあ、じきに会えるかや? とげの多いやつぞえ。
アリス とげなんてどこにつけて?
バラ たわけ、頭の周りに決まっとろうが! ぬしにはありんせんし、ずっと気になっとった。ふつうはみんなおざりんす!
ユリ こっちへ来るぞえ。わかりんす、大きな大きな足音が砂利道を。

 赤のクイーンがやってくる。

赤のクイーン あんたどこから来たの、どこへ行くの。つらを上げて、ちゃんとお言い。いつまでも手をもぞもぞしてるんじゃないよ!
アリス 道がわからなくて。
赤のクイーン わからないなら教えてあげる――ここらの道はみんなあたいのものだよ――なのに、ここへ来たってのはどういう了見だい! 返事を考えてるあいだにお辞儀するんだね、時間の節約だよ!
アリス 確かに――おうちに帰ったらやってみようかしら。今度ちょっと晩ご飯に遅れたときにでも。
赤のクイーン さあ、答える時間だよ。しゃべるときは口を少し大きめにして、いつだって「女王様」とお呼び!
アリス この庭の様子を見てみたかったんです、女王様。
赤のクイーン (アリスの頭をなでて)いい子だね。でもあんたは庭と言うけど、あたいの見てきた庭に比べれば、ここなんか荒れ野原さ!
アリス で、あの丘のてっぺんに行く道を探そうと考えてて。
赤のクイーン あんたは「丘」って言うけど、あんたに本物の丘を見せたら、あんなの谷だって言うね。
アリス 絶対に言わなくてよ。丘が谷なわけないじゃない、そんなのからっぽよ!
赤のクイーン (首を振って)あんたはからっぽと言うけど、あたいの聞いてきたからっぽの言葉に比べれば、こんなの辞書に載るくらいの中身はあるね。ところでチェスで遊びやしないか?
アリス (お辞儀をして)ええ、よろしくてよ、女王様。面白そうね。ぜひお仲間に入れてちょうだい。入れるんならポーンになったって構いやしないわ――もっとも、いちばんなりたいのはもちろんクイーンだけど。
赤のクイーン そんなの簡単さ。あんたさえよければ白のクイーンのポーンになれる、ユリのポーンにはお子様すぎてお戯れが無理だからね。とにかく、あんたはまず二番目のマスにいるから、そのまま八番目のマスに辿り着ければクイーンになれるよ。ついて来な! チードルダンとチードルデーに会わせてやる!

 アリスは手を取られ、一緒に走って出て行く。そこへチードルダンとチードルデーがもったいぶって現れ、傘を背にして横に並び、位置に着く。

 〈うた:ダンとデーのデュエット〉
  チードルダンとチードルデー
  もう勝負をするしかない
  だってチードルダンがチードルデーに
  新品ガラガラ壊されたから

  そこへ来たのがおばけカラス
  まっくろけで飛んでくる
  それでどっちともがおびえきって
  けんかのことも忘れちまった

 アリスがやってくる。

アリス いた! たぶんあのふたりね、えりの後ろにどっちもチードルってあるのかしら。

 ふたりは立ちつくしているので、アリスは後ろに回って、えりの後ろ側を確かめようとする。[ちなみに前側にはそれぞれ「ダン」「デー」と書いてある。]

ダン ぼくらを蝋人形と思ってるんならお金を払うべきだね、ありえない!
デー むしろ生きてると思ってるんなら話しかけるべきだね。
アリス そうね、ごめんなさい。
ダン 何を考えてるかわかってるけど、そうじゃないんだね、ありえない!
デー むしろ、もしもそうならそうかもしれない、仮にそうならそうなるだろう、だけど現にそうじゃないのでそうじゃない、これが筋ってもんさ。
アリス 今考えてるのは、この森から出るにはどの道がいちばんいいかってこと。ねえ、教えていただけて?

 ふたりは顔を見合わせ、アリスを見て、にやりとだけ笑う。

アリス (ダンを指さして)こっちの子!
ダン ありえない!
アリス そっちの子!
デー むしろある!
ダン 君が先に間違ったんだ。人を訪ねて最初にするのは「はじめまして」と握手だよ。

 ふたりは互いに握手をして、それからそれぞれアリスにあいてる手を差し出す。すると「くわの木ぐるぐる」の音楽が始まり、全員で歌いながらぐるぐる踊る。

 〈おゆうぎうた:アリス・ダン・デーで一緒に〉
  くわの木ぐるぐるぐーるぐる
  くわの木だ
  くわの木よ
  くわの木ぐるぐるぐーるぐる
  さむくてこごえる朝のこと

ダン 踊りはこれくらいでお終いだ!

 ふたりは息を切らしながら突然立ち止まり、音楽もいきなりやんで、アリスの手を投げ出す。

アリス (傍白)「はじめまして」なんて言えやしないわ、今さら。そんなのもう通り過ぎてるみたいだし。(声に出して)あら、もうお疲れになって?
ダン ありえない! でもお気遣いはありがとう。
デー むしろ大きなお世話だ! 何か詩でも暗唱できる?
アリス (あやしげに)たぶんできてよ!
ダン ありえない!
デー むしろ「セイウチと大工」はどうだい!
アリス あいにく知らなくってよ!
ダン だったら教えてあげる。

 書き割りが開いて海辺が現れ、そこにはセイウチと大工。

 〈うた:セイウチと大工〉
  お日さまが 海に照る
  ぎらぎらと 輝いて
  頑張って 大波を
  おだやかに きらやかに
  でも不思議 というのも
  真夜中の ことだから

  お月さま ぎろぎろと
  光っては いらいらと
  お日さまが うっとうしい
  まだ朝じゃ ないんだぞ
  ぶしつけな 野郎だわ
  楽しみの 邪魔なんて

  海はもう ひたひたで
  砂浜は からからで
  雲さえも 見えなくて
  空はただ 晴れている
  鳥もまた 見えなくて
  空に飛ぶ ものはない

  セイウチと 大工さん
  すぐそばを 歩いてる
  海沿いは 砂だけで
  さめざめと 涙する
 「すっきりと なくなれば
  どんなにか いいだろう」

 「七人の 娘ッ子で
  半年も 掃除すりゃ
  どうなるか」とセイウチだ
 「すっきりと するかしら」
 「どうだかな」と大工さん
  ただつらく ひとしずく

 「カキさんや みなこちら」
  セイウチが さそい出す
 「ご一緒に 散歩でも
  浜辺にて おしゃべりを
  お相手は 四つまで
  手の数が 足りるぶん」

  にらんでる カキじじい
  一言も 返事なし
  片方の 目をつむり
  ゆっくりと 首をふる
  つまるとこ カキどこを
  絶対に 離れぬと

  それなのに いそいそと
  カキたちは やってくる
  身だしなみ ととのえた
  四ひきの むすめたち
  くつだって ぴかぴかだ
  カキに足 ないのにね

  そのあとに また四つ
  さらにまた 四つ来る
  次々と ぞろぞろと
  これはもう 止まらない
  とびはねて 波こえて
  浜辺まで ずるずると

  セイウチと 大工さん
  それなりに 散歩して
  岩場にて 一休み
  ちょうどいい 低さだな
  かわいらしい カキたちは
  列になり 待っている

  セイウチの 言うことにゃ
 「そろそろだ おしゃべりを
  くつや船 ふうロウと
  キャベツとか 王さまね
  なぜ海は わきあがる
  豚に羽根 あるのかな」

  カキたちの 言うことにゃ
 「待ってくれ その前に
  つかれてる やつもいる
  それにみな ぽっちゃりで!」
 「わかったぜ」と大工さん
  みんなして うれしがる

  セイウチの 言うことにゃ
 「こうなると パンがいる
  あとお酢に コショウもね
  そうすれば ばっちりだ
  さあてさて カキちゃんや
  ここいらで お食事だ」

 「やめてくれ」とカキたちが
  青ざめて さけびだす
 「やさしさの そのあとに
  わるいこと するんだな!」
  セイウチの 言うことにゃ
 「いい夜だ すてきだろう?

  来てくれて うれしいよ
  君たちも すてきだよ」
  大工さん そっけなく
 「もう一まい 切ってくれ
  お前さん 耳よけりゃ
  二度言わず すむのにな!」

  セイウチの 言うことにゃ
 「すまねえな ここらまで
  急がせて 来てもらい
  そのあげく ウソなんて!」
  大工さん そっけなく
 「おいバター あつくぬれ!」

  セイウチの 言うことにゃ
 「かわいそう 泣けてきた」
  しくしくと 涙して
  でかいのを えらび出す
  ハンカチを 取り出して
  目の前を おおいかくす

  大工さん カキたちに
 「走るのも いいもんだろ?
  帰りには 歩くかね?」
  でもそれに 返事なし
  当たり前 というのも
  カキぜんぶ 食べちゃった

 セイウチと大工はごちそうの残りをバスケットにつめて、あくびをしてうとうとする。

  大工さん 涙やめ
  セイウチも 泣きやんだ
  カキをみな 食べ終わり
  ごろりんと おやすみだ
  やったのは わるいこと
  天ばつが 下りくる

大工 ちょいと寝るぜ!(寝そべっていびきをかく)
セイウチ こちらも一休み。(寝そべる)

 セイウチと大工が眠りにつくと、一匹目のカキの幽霊が舞台上に現れ、踊りながら馬乗りになって大工を痛めつける。

 〈うた:カキのソロ〉
 (1)大工はおやすみちゅう バターを顔につけ
    お酢にコショウも そこらに出しっぱなし!
    さあさあやっちまえ 永眠さしちまえ
    無理でもあの胸に 一撃くらわすぞ!(のっかる)
    のっかれあの胸に!(大工うめく)
    一撃あの胸に!
    この今できるのは のっかることくらい!

 次に二匹目のカキの幽霊が舞台上に現れ、踊りながら馬乗りになってセイウチを痛めつける。

 (2)ひどいぜセイウチさん 涙はにせものか!
    ジャム食う子どもより 大食いしやがった!
    風味をそえるため ぼくらを食ったんだ
    ごめんよセイウチさん その胸ふみつける!(ふみつける)
    こんにゃろふんでやる!(セイウチうめく)
    その胸ふんでやる!
    ごめんよセイウチさん その胸ふんでやる!

 座り込む二匹のカキ、そこへ三匹目が登場。幽霊のホーンパイプダンスののち、幽霊たちは去る。
 書き割りが閉まって、元の庭に戻る。

アリス セイウチの方がマシね。かわいそうなカキをそれなりにあわれんでるもの。
デー あいつは大工以上に食べてるね。ハンカチを前に広げて、いくつ食べたか大工に数えられないようにしたんだ、むしろ!
アリス あさましいことね。だったら大工の方がマシね――セイウチほど食べてはいないし。
ダン でもあいつも食べられるだけ食べたね。

 舞台上の光が弱まる。

アリス 暗くなってきてよ! ねえ、これって雨が降るの?

 ダンは大きな傘を自分と弟の上だけに広げる。

ダン 違うね、少なくともこの上には降らないね! ありえない!
アリス でもたぶんほかでは降ってよ!
デー その気になれば降るかもしれないけどぼくらの知ったこっちゃないね、むしろ。
アリス 身勝手だこと! やってらんなくてよ。

 アリスが背を向けて行こうとすると、ダンが傘の下から飛び出してアリスの手首をつかむ。

ダン (怒りながら――木の下の小さな白いガラガラを指さして)あれがわかるかい?
アリス ただのガラガラよ――ガラガラヘビじゃなくって、ほら――ただの使い古したガラガラ。古すぎて壊れてる。
ダン (怒って跳びはね、髪をかきむしるなどして)そんなことわかってるよ、もちろんがらくたさ。
アリス 何もそんなに怒らなくても。お古のガラガラじゃない。
ダン いいやお古なんかじゃないね! いいか、あれは新品なんだ! 昨日買ったばかりだ。(大声で)ぼくの素敵なおろし立てのガラガラ!

 このあいだ、デーはぶるぶると震えて、頭をなかに入れたまま傘をたたもうとしている。

ダン (デーに)勝負するしかないってことはわかってるよな!
デー (ふてぶてしく傘の外へ這い出て)まあね。ただ、この女の子に着替えを手伝ってもらわなきゃ、そうだろ?

 ふたりは反対側まで走っていって、枕と毛布と敷物とバケツを持ってくる。

ダン 君がピンを留めたりひもを結んだりするのが上手だといいんだけど。これを全部何とかして着なきゃいけない。

 ふたりはせわしなく動いて着替えをして、アリスはそれを手伝う。

アリス (傍白)ほんと、支度ができる頃にはこの人たち、ぼろのかたまりになっててよ。
デー さあ、首をちょん切られないように枕だ!

 アリスは枕をくくりつける。

デー ほら、戦いで起こりそうなことのなかでも、そういうのがいちばん危ないだろ――首がちょん切られるなんて!
ダン (バケツをくくりつけてもらおうとアリスのところへ来て)ぼくの顔は青いかい?
アリス うーん――そうね――少し。
ダン いつもは勇ましいんだ、今日だけたまたま頭が痛くて。
デー じゃあぼくは歯が痛い。ぼくの方がもっとひどいよ!
アリス だったら今日戦うのはやめにすれば!
ダン ちょっとは戦わなきゃいけないけど、長くはやりたくないな! 今は何時だ?
デー 四時半。
ダン じゃあ六時まで戦ってそれから晩ご飯にしよう。
デー いいね、この子も見物できる、ただ近寄りすぎない方がいい、ぼくはいつもいきり立ったら見えるものは何でも叩いちゃうから。
ダン それにぼくは見えても見えなくても手当たり次第に叩いちゃうから!
アリス (吹き出して)絶対に木まで叩くに違いなくてよ。
ダン たぶん終わるときにはここいらの木で立ったまま残っているものなんてないね。
アリス ガラガラのあたりはみいんなね。
ダン あれがおろし立てでなければ気にすることもなかったのに。
アリス (傍白)お化けカラスでも来ちゃえばいいのに。
ダン (弟に)つるぎは一本しかない。(木で出来たおもちゃの剣をかざして)でも君には傘があるな。同じように尖ってるし。

 舞台が暗くなっていく。

ダン さあ、とっとと始めちゃおう。すごい勢いで暗くなる。

 ふたりはお互いに身構える。

デー どんどん暗くなる。
アリス なんて真っ黒で分厚い雲なの。何かがびゅんと飛んできてよ! あっ、翼があるわ!
ダン カラスだ!

 ふたりは必死で逃げ出す。舞台は再び明るくなり、白のクイーンの肩掛けがアリスの方に飛んできて、アリスはそれを受け止める。

アリス びっくり。誰かさんの肩掛けが風で飛ばされてきてよ。

 白のクイーンがやってきたので、アリスは肩掛けをかけてあげる。

アリス あの、白のクイーンさま、お気を付けを。
白のクイーン なんざますか! それであなたは着付けたつもり!
アリス その、悪いところがありましたら、これから気を付けます。
白のクイーン 今さら結構、こっちはこの二時間ずっと着付けてるんざますよ。
アリス (傍白)どれもこれもめちゃくちゃ、しかもピンだらけ。(声に出して)肩掛けをお直ししましょうか。
白のクイーン まったくどうなってるざます。機嫌が悪いのか、こっちをピンで留め、あっちをピンで留めても、いっこうに落ち着かないざあます。
アリス (クイーンのお色直しをしながら)さあ、これでちょっとはマシになってよ、ほんと、おつきの人がお要りでなくて?
白のクイーン あなたなら喜んで召し抱えるざますよ。一週間で二ペンス、一日おきにジャム。
アリス (笑って)あたくしを雇えってことじゃなくて、それにジャムは要らなくてよ。
白のクイーン モノのいいジャムざますよ。
アリス えっと、別に今日は欲しくないってこと。
白のクイーン たとえ欲しくてももらえはしないざます。ジャムは明日と昨日にあるのが決まりで、けして今日にはござあません。
アリス でも、いつかはジャムの日になるんじゃなくて?
白のクイーン ならないざます! ジャムはいつも一日おいたところにござあますから、今日にあったら一日おけないざます。
アリス おっしゃることがわからなくてよ、ちんぷんかんぷん!
白のクイーン それが後ろ向きに生きた結果というものざます! いつだってまずもって目が回る。
アリス 後ろ向きに生きる――そんなの聞いたこともなくてよ!
白のクイーン でも実にお得ざあます。後のことも先のことも思い出せるざます。
アリス あたくしには一方しかわからなくてよ。起こる前のことなんて思い出せない!
白のクイーン 後ろ向きに思い出せないとは、お粗末なおつむざます。あべこべにしてみて、ハンプティダンプティの歌を口ずさめば、これから起こることもわかるざますよ――それじゃ。

 白のクイーンは出て行く。

アリス ハンプティダンプティをうたえ? いったい何が起きるっていうの?

 〈うた:アリスのソロ〉
  ハンプティダンプティは塀の上だ
  ハンプティダンプティ転がり落ちた
  キングの馬と家来が総出でも
  やっぱりハンプティダンプティは元に戻らず

 うたい終わると、ハンプティダンプティが後ろの壁に座っている。

アリス あら、ほんとに出てきてよ! しかもそっくりそのまま卵みたい!
ハンプティ 卵と言われるとひどく腹が立つな! まったく!
アリス 卵みたいに見えるってことよ、もう! それに、卵にもとってもかわいらしいのがあるじゃない。
ハンプティ 人にだって赤子以下のおつむのやつがいるともさ! 貴様の名と職業は?
アリス あたくしの名前はアリスよ。
ハンプティ ふざけた名前だ、どういう意味だね。
アリス 名前に何か意味がなきゃいけなくて?
ハンプティ 当たり前じゃないか! オレ様の名は体を表してる、この格好いい姿形をな! 貴様のような名前では、どたい形などどうでもよかろう。
アリス どうしてこんなとこにぽつんと座ってるの?
ハンプティ ふん、そばに誰もいないからさ! そんなことを答えられんとでも思ったか! 別の問題を出せ。
アリス 地面に降りた方が安全じゃなくって?
ハンプティ まったくもってとんでもなく簡単ななぞなぞを出す! むろん違うさ! ほら、まんがいち落ちたとしても――ありえん話だが――キングとの約束がある、しかもじきじきに――
アリス 馬と家来が総出で
ハンプティ 何だと、まさか、まずいことになった、貴様、聞き耳を立てていたか、ドア越しか、木の陰か、煙突の下か、でなければ知ってるはずがない!
アリス とんでもない! 本にのっててよ。
ハンプティ ははん! 本にはそんなことが書かれてあるか。いわゆる歴史の本というやつだな! さあ、オレ様をとくとご覧あれ。このオレ様こそ、そのキングと言葉を交わしたその人よ。おそらくこんな人物に会うことは二度とないね。お高くとまってるんじゃあない、その証拠に握手をしてあげようじゃないか。

 ハンプティダンプティとアリスが握手をする。

アリス あなたのつけてるベルト、素敵ね!
ハンプティ (すごみのある声で)まったく腹立たしいことだね、スカーフとベルトを間違えるなんてさ! これはスカーフだ、お嬢ちゃん、しかも白のキングとクイーンがオレ様に「おつうじょうび」のプレゼントとしてくれたんだ!
アリス あの、ごめんなさい?
ハンプティ 怒ってなどない!
アリス そうじゃなくて、「おつうじょうび」のプレゼントって何?
ハンプティ 誕生日でないただの日にもらうプレゼントに決まってるだろ。
アリス お誕生日のプレゼントの方がよくってよ!
ハンプティ 自分の言ってることがわからないのか! 一年はいったい何日ある。
アリス 三六五日。
ハンプティ お誕生日は何日ある。
アリス 一日。
ハンプティ なら三六五引く一は。
アリス 三六四に決まってるわ。
ハンプティ だろう、だから「おつうじょうび」のプレゼントは三六四日もらえる可能性がある。
アリス 確かに。
ハンプティ お誕生日のプレゼントは一日だけだ、わかったか。じゃあな。
アリス ごきげんよう、また会う日まで。
ハンプティ また会ったとしても貴様のことなど忘れてる。そっくりそのまま人みたいだからな。
アリス ふつうは顔で見分けてよ。
ハンプティ そこにこそ文句が言いたい。貴様の顔は他のやつと変わらん――目がふたつで――こんなふうに、(と親指で宙にその場所を示して)鼻が真ん中、口は下。みんな同じだ。まあたとえば、ふたつの目が鼻の片側に偏ってて、口が上にあったりなんかしたらそれなりにわかるだろうが。
アリス そんなの変に決まってる。
ハンプティ やってみたら面白いかもしれん。
アリス ごきげんよう。(立ち去りながら)今まであったつまんない人のなかでも――

 そこでアリスはびっくりして逃げ出してしまう――というのも、ハンプティダンプティが壁から落っこちて、ひどくつぶれてしまったからだ。そこへキングの馬と家来が総出でやってくる。

 〈うた:キングの家来たちのコーラス〉
  ハンプティダンプティ 落っこちちゃった
  ハンプティダンプティ ずんぐりむっくり
  ハンプティダンプティ 王冠割れた
  ハンプティダンプティ ずんぐりむっくり
  それでもキングは約束守る
  やっぱりキングは約束守る
  約束守って総出で来たが
  ハンプティダンプティ 全部粉々
  馬も家来も急いで来たが
  どうにも元には戻らない
  ハンプティダンプティ ずんぐりむっくり

 赤のキングとアリスがやってくる。

赤のキング 者どもはみな行きおったか。馬は総出ともいかん、ほれ、必要であるからな。それに使いの者ふたりも別よ。どちらも町へ向かわせておる。ちょっくら道の先を見て、どちらかなりとおらぬか教えてくれ。
アリス ええと、道には、誰も。
赤のキング 吾輩にもそのような目があれば、そのダレモというやつが見えるというに! しかもこの距離でか。ふむ、吾輩にせいぜいただの人が見える程度よ。
アリス (目をこらしている)あ、人がやってきてよ。でも、なんて変な走り方!
赤のキング そうではない。あの使いの者はアングロ=サクソンの出、あれこそアングロ=サクソン流よ。

 使いの者がふたりやってくる。

赤のキング こやつの名は野ウサギ、そやつは帽子屋。ふたりなくてはならん、ほれ、ひとりは行きで、ひとりは帰りよ。
アリス あの、もう一度……
赤のキング また行かせるつもりか!
アリス じゃなくて意味がわからないの。
赤のキング ふたりとも必要と言ったろうに。ひとりが運んでゆき、もうひとりが受け取ってくる。(使いの者どもに)何事よ、驚いたぞ――気が遠くなる。ハムサンドをくれ。

 使いの者は鞄からハムサンドを取り出して差しだし、赤のキングはそれを食べる。

赤のキング サンドイッチをもうひとつ。
弥生ウサギ もう残ってるのは干し草だけで。
赤のキング ならば干し草を。

 赤のキングは干し草を受け取り、もしゃもしゃと食べる。

赤のキング (アリスに)気が遠くなったときは干し草を食うに限るぞぉ! (使いの者に)あの道をやってくるのは何やつぞ!
弥生ウサギ いえ、誰も!
赤のキング 実によろしい。このお嬢さんもそやつを見たとか。ならばもちろん、お前よりも遅いのはダレモ。
弥生ウサギ おれは頑張ったんだぜ、だからおれより早いやつは誰も!
赤のキング そんなはずはない。ならばやつの方がここに早くつくはず。それはそうと、何が起こっているのか教えよ。
弥生ウサギ んでは小声で。

 弥生ウサギは両手をラッパの形にして、赤のキングの耳に当て、大声で叫ぶ。

弥生ウサギ やつら、またやっちまってます!
赤のキング (飛び跳ねて)今のどこが小声ぞ! こんなことをまたやってみよ、バターまみれにしてやるぞ。おかげで吾輩の頭は地震のごとくぐわんぐわんしおる。
アリス やつらってどんな人たち?
赤のキング なに、ライオンとユニコーンが王冠を賭けて戦っておるのだ。傑作なのは、その王冠が絶えず吾輩のものと来ておる。ほれ、来おったぞ!

 ライオンとユニコーンが戦いながらやってくる。

ユニコーン (赤のキングに)今日はオレん方が勝ってんだろ。
赤のキング 若干といったところか。
ユニコーン プラムケーキを持ってきてくんな、おやっさん。黒パンは勘弁してくれよ。

 弥生ウサギがキングをうかがいながら、ケーキをライオンに差し出す。

ユニコーン 今日はとんだ王冠争奪戦だぜ。

 赤のキングが震える。

ライオン オレの圧勝に決まっている。
ユニコーン へへっ、そいつはどうかな。
ライオン ふん、こっちはお前を町中でめったうちにしたんだぜ、なあ?
一同 いいぞ、やれ!

 〈うた:一同のコーラス〉
  ライオンとユニコーンの王冠争奪戦
  ライオンがユニコーンを町中でめったうち
  そこへおでまし 白パンやるやつ 黒パンやるやつ
  プラムケーキに太鼓を叩くと 二匹は町から出て行った

 アリス以外の全員が出て行く。

アリス あの太鼓の音でどっちも町から追い出せなきゃ、何だって無理ね。

 白のナイトが棍棒を振りかざしながらやってくる。

白のナイト もし、もし! 待て! 貴公は拙者がとりこでござる。
アリス あたくし、どなたのとりこにもならなくてよ。クイーンになりたいの。
白のナイト ならばまもなくなろうぞ。しからばさらばでござる! 貴公はまもなくクイーンでござる!
アリス ごきげんよう。

 白のナイトが出て行く。そのあとを追ってアリスも舞台を出て行くが、また出てきたときには頭に王冠が載っている。

アリス 今にもクイーンね! でもこの頭に載っかってるのは何? 黄金の冠! 知らないうちにどうしてこんなところに?

 アリスは王冠を外してその場に座り、しげしげと見てからまた頭に戻す。

アリス まあこれはご立派!

 アリスは見せびらかすように行ったり来たり。そこへ赤と白のクイーンがやってくる。

アリス もしほんとにクイーンになれたなら、そのうち何とかうまくやっていけるはず。(赤のクイーンに)すいません教えていただ――
赤のクイーン 先に口をきくんじゃないよ!
アリス でもみんながその決まりを守って、先に口をきかないことにして、相手が話し出すのを待ってたら、結局どっちも何も言えなくてよ。
赤のクイーン バカにおし! あんたに自分をクイーンだっていう資格があるのかい? ちゃんとしたテストに合格するまでクイーンのはずがないのさ! だからとっとと始めちまった方がいいね!
白のクイーン 足し算はできるざますか? 1+1+1+1+1+1+1+1+1+1=?
アリス わかんない、数え切れなくてよ。
赤のクイーン 足し算もできないみたいだよ。じゃあ引き算はどうだい――8−9=?
アリス 8−9なんて無理よ、だってほら――
白のクイーン 引き算もできないみたいざますね。割り算はどうなの。一斤のパン割るナイフ、この答えは何ざますか?
アリス たぶん――
赤のクイーン バタートーストに決まってるじゃないの! 別の引き算をするんだね。犬引く骨、残りは何だい?
アリス 骨は残らないでしょ、取っちゃうんだから。犬も残らない――こっちを噛みにくると思うから、あたくしもきっと残らないし。
赤のクイーン なら何も残らないってのがあんたの答えかい?
アリス それが答えだと思うわ。
赤のクイーン またまた違ってるね。犬の気だけが残るんだよ。骨がなくなると犬は気を落とすだろ、ええ?
アリス 言われてみれば。
赤のクイーン そこで犬がどこかへ行ったら――落ちた気だけがそこに残るじゃないか。
アリス どっちらけになるかもしれなくてよ。
赤のクイーン もちろんあんた、あたしたちを夜のパーティに呼んでくれるんだろうね。
アリス パーティを開くかどうかなんてわからないわ。
赤のクイーン 開くに決まってるんだよ。

 パーティに向けて大行列がやってくる――キングの家来とチェスのコマたちだ。トランペットが鳴り響く。

 〈うた:ソロとコーラス〉
 (ソ)鏡の国に 語るアリスの
    手には王笏おうじゃく 頭に王冠
    住人全員 食事に招待
    赤白クインに アリスと一緒
 (コ)急いでグラスに なみなみついで
    ボタンともみがら 机にまいて
    にゃん入りコーヒー ちゅう入り紅茶
    アリスを歓迎 三〇の三倍

 (ソ)鏡の国に アリスは告げる
    会うはほまれぞ しゃべるは愛ぞ
    食事をするは かなり別格
    赤白クインに アリスと一緒
 (コ)グラスにつぐのは 蜜とインク
    美味しい飲み物 なんでもござれ
    砂入りリンゴ酒 綿入りワイン
    アリスを歓迎 九〇の九倍

 アリスとクイーンたちが席に着く。骨付き肉とプディングが前に置かれる。

赤のクイーン あたいたちはいつだってスープと魚にありつけない。肉を載せるんだよ!

 アリスはナイフとフォークを手にして、戸惑っている。

赤のクイーン 恥ずかしがり屋さんだね、あんたを羊のモモ肉に紹介してやるよ。アリス――こいつが羊肉だよ! 羊肉――こいつがアリスだよ。

 羊のモモ肉が立ち上がってお辞儀をする。

アリス みなさん、一切れいかが?
赤のクイーン 何してんだい! 紹介されたやつを切り捨てるなんて礼儀を知らないのかい。肉を下げな!

 羊肉は頭もモモも取り下げられ、大きなプラムプディングが運ばれてくる。

アリス プディングには紹介なさらないで。でないとちっとも食事にならないもの。
赤のクイーン (すねて不機嫌になり)プディング――アリスだよ! アリス――プディングだよ! プディングをお下げ!

 ウェイターがやってきてプディングを下げていく。

アリス 待って、プディングを返して!

 するとプディングが戻ってきたので、アリスは切り分けてクイーンに渡す。

アリス 分けるのは任せて!
プディング なんたる無礼! もしあんたが一切れに分けられたら、いったいどう思うかね! あんたってやつは!
赤のクイーン さあ、あたいたちはあんたの健康を祝うよ、乾杯!
一同 クイーン・アリスに乾杯!

 〈うた:一同のコーラス〉
  アリスに乾杯
  ちよにやちよに
  いちばんすごい女王様
  そそげやそそげ
  コップにカップ
  われらが女王 クイーンアリスに乾杯だ

 旗が降ろされ、舞台は暗転。

 〈うた:妖精のコーラス〉
  お起きなさい、アリス、もう旅はおしまい
  不思議の国のまぼろしは、たちまち消える
  妖精の声が目覚まし――夢はここまで
  お起きなさい、アリス、いつもの世界だよ

 見ると、アリスは第一幕と同じ木の根本で眠っている。ゆるやかな音楽、アリスは目覚めて、目をこする。

アリス もう、ほんとへんてこな夢だったわ!

 幕。



【訳者あとがき】

  一、テクストについて

 この台本は、ルイス・キャロル(一八三二―一八九八)の原作を劇作家のヘンリ・サヴィル・クラーク(一八四一―一八九三)が脚色した『不思議の国のアリス:ミュージカル版』(一八八六年初演)の全訳です。翻訳の底本は Lovett, Charles C. (1990) Alice on Stage. Westport: Meckler. にて翻刻された初演時のテクストを基本とし、当該書で省略された原作所収の詩については、台本用にキャロル自身が行った追記・改訂も含めて、Gardner, Martin [ed.] (2000) The Annotated Alice: The Definitive Edition. New York: Norton. に拠りました。今回の訳には直接関係していませんが、上演時の作曲者はウォルター・アルフレッド・スローター(Walter Alfred Slaughter, 一八六〇―一九〇八)です。
 原作の『不思議の国のアリス』(一八六五)は有名すぎるほどの児童文学の古典ですが、原作者のキャロルは当時の聖職者には珍しく無類の演劇好きであり、常々自らの作品が舞台で上演されることを望んでいたといいます。幾度も演劇化せんと高名な劇作家に働きかけたが上手くいかず(あるいはされたものも彼の満足いくものではなく)、やがて無名の作家から出されたミュージカルにしたいという申し入れを受け入れることになりました。
 その人物がヘンリ・サヴィル・クラークで、結果、一八八六年のクリスマス前から翌年の三月にかけて行われた公演は大成功し、各紙から激賞を浴びます。この劇は一度再演されたのち、キャロルおよびクラークの死後はオペレッタとして生まれ変わり、一九三〇年までに十八回も上演されました。
 ちなみに脚本家を相手にキャロルはいくつもの提案をしましたが、その意見は一部分この台本にも反映されています。特筆すべきなのは、キャロルが『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』を混ぜてほしくないと考えていたことです。その考えはこの台本にも反映されていますが、以後の映画や劇ではそうでないものが多いことを鑑みますと、このヴァージョンが特異なものであることがわかるでしょう。
 なお、このテクストが全訳されるのは(私の調査が正しければ)本邦初のはずです。原テクストについてさらに詳しくお知りになりたい方は、底本にした当該書をご覧になるか、楠本君恵氏の『出会いの国の「アリス」』(未知谷、二〇〇七年)をご参照ください。

  二、翻訳について

 この翻訳では、読み物というより上演されることを想定して訳文が綴られています。そのため、とりわけ以下の点を重要視しました。

 ・各キャラクタの個性が立っていること
 ・うたや詩は節を優先すること
 ・言葉遊びをできるだけ耳で聴いてわかるように訳出すること

 ただし、それによる原文の改変は最小限に留めるよう努力しました。また訳者自身による脚色は、このテクストでは一切行っておりません。(ですが、この台本を実際に上演する際の改変を拒むものではありません。どうぞご自由に行ってください。)
 言葉遊びの翻訳については、特に次の二著を参考にさせていただきました。

  稲木昭子・沖田知子(一九九一)『アリスの英語――不思議の国のことば学――』研究社
  稲木昭子・沖田知子(一九九四)『アリスの英語2――鏡の国のことば学――』研究社

 また以下のサイトからも、多くのことを勉強させていただきました。

  The Rabbit Hole(http://www.hp-alice.com/)
  新「アリス」訳解(閉鎖:http://www.eonet.ne.jp/~shousei/alice/)

 さらに、いつもながら声優ナレーターの佐々木健さんには、翻訳のきっかけや訳文本体に関して、たいへんお世話になりました。この翻訳については、佐々木さんとの協力により何らかの形で上演もしくは録音される予定です。そちらの方も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

二〇〇九年一〇月六日
大久保ゆう

(※なお、この台本は原楽譜入手を経た2012年3月18日、四街道少年少女合唱団によって第一幕の上演がなされました。初演から126年を経た再演に関わって頂けた皆様およびご来場頂いた皆様、どうもありがとうございました。)






翻訳の底本:Lewis Carroll & Henry Savile Clarke (1886) "ALICE IN WONDERLAND: DREAM-PLAY"
   上記の翻訳底本は、著作権が失効しています。
翻訳者:大久保ゆう
2009年10月2日訳了
2010年8月5日微修正
2012年3月31日微修正
2012年12月23日微修正
2012年12月23日ファイル作成
青空文庫提供ファイル:
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●表記について