ゆかいなサンタになる方法 オオヒサヤストモ

ゆかいなサンタになる方法

オオヒサヤストモ




  サンタゆうかい事件じけん

 その年のクリスマスシーズンは、世界じゅうが本当にたいへんでした。
 だって、あちこちからサンタクロースがいなくなったんですから!
 もちろん一二月もまんなかあたりになると、街じゅうにいろんなサンタさんがあふれだします。おじいさんのサンタさんだけではなくて、わかい男のひとのサンタさん、わかい女のひとのサンタさん、ときどきおばあさんのサンタさんも。
 やっていることもさまざまで、ケーキを売ったり、風船をくばったり、子どものそうだんにのったり。サンタさんにはたくさん役わりがありますからね。
 なのに、そんなサンタさんが次々とおそわれてしまったのです。
 たとえばアジアのある国のサンタさんは、道ばたでドーナツを売っていました。そのサンタさんは、クリスマスに向けて特別なドーナツを考え出して、その日に初めて売り出したのです。
 子どもたちがよろこんでくれればいいな、とサンタさんが思っていたそのとき、近くに黒いワンボックスカーが止まり、なかからいきなり黒服の人たちがあらわれて――
 そのサンタさんは、車に連れこまれてさらわれてしまったのです!
 ほかにもある暑い国のサンタさんは、ビーチに半そでサングラスすがたで、イベントごとに参加していました。サンタさんは司会だったのです。
 イベントがもり上がってきて、さあクライマックスだというそのとき、やっぱり黒服の一味がどこからともなく出てきて、そのサンタさんを取りかこみ――
 サンタさんの服を、ぜんぶぬがしてしまいました!
 まだまだあります。アメリカ大陸では、サンタさんのコンテストが行われていました。いったいだれがいちばんサンタらしいのかを決めるために、たくさんのサンタさんが集まってきたのですが、そこにも黒服たちの手がしのびよってきたのです。
 コンテストのさなか、とつぜんヘリコプターが、そして――
 空からばさっとあみがふってきて、サンタさんはまとめてからめ取られ、あっというまに地平線の向こうへ……
 そんなことがここでもそこでもあったものですから、もう世界じゅうは大さわぎ。あちこちの国のニュースで、連日サンタ事件のことがふれられて、しかもどんどんひどくなっていくのです。
「続いてのニュースです。さくじつ、アメリカのニューヨークにて、デパートの店頭で子どもたちとふれあっていたサンタクロースが、いきなりあらわれた何ものかにゆうかいされてしまうという事件じけんが起こりました。ニューヨーク市けいさつによりますと……」
「今日のトップニュースは、世界各地であいつぐサンタしゅうげき事件のぞくほうです。今日はこれまでの国にくわえ、新たにスペイン、インド、中国、エジプトで同様の事件がぼっぱつし、これで世界同時多発サンタしゅうげき事件にまきこまれた国は一四ヶ国にのぼり……」
「番組のとちゅうですが、ここでニュースをお伝えします! ついにわが国にもサンタへのの手が! さきほど午後四時ごろ、トーキョート、コートーク、オダイバの大型商業しせつにて、しせつ内のイベントに出ていたサンタクロースがゆうかいされ……」
 最後のものなんか、アニメのさいちゅうにはさまれたものですから、見ていたその国の子どもたちもびっくりしてしまいました。
 こうして、クリスマスが近づいているというのに、世界じゅうからどんどんサンタクロースがいなくなったのです。さらわれたり、ぬがされたり、ぬすまれたり、ぶちこわされたり。手口はいろいろでしたが、サンタさんのじゃまをする点では、どれも同じです。しかも、いくら目を見はらせても、黒服たちはうらをかいてさっそうとやってきては、サンタさんをおそってしまいます。
 いったい、クリスマスはどうなってしまうのでしょうか?


  帰り道

 ここはアジアの西、ヨーロッパの東、ふたつのちょうどまんなかあたりにある、とある国のある小さな町。この国もまた、つい先日、サンタへのしゅうげきを受けていました。
 子どもたちのあいだでもその話は持ちきりで、たとえば学校から帰るとちゅう、あるふたごの兄妹がこんなことを言っていました。
「またサンタがさらわれたんだってな! 昨日ニュースでやってたぜ!」
「またあ? でも、そんなことして何のいみがあるの? どうせクリスマスにプレゼントくれるのって――」
 と、ふたごはここで声をそろえて。
「サンタじゃないのにな!」
 あらあらあら。どうやらこの兄妹は、サンタがさらわれたことをどうとも思っていないみたいです。
「なあなあなあ、今年のプレゼントは何たのむ? ゲーム? お前はでっかいぬいぐるみか?」
「もう……もうちょっとパパとママに気をつかいなよ。予算ってもんがあるのよ、ヨサンってやつが!」
 ふたごの兄妹はにこにこしています。そのとき、ふたりはとなりにいた友だちの女の子がムスっとして、フキゲンなのに気がつきました。
「あれ、どうしたのミク?」
「なあなあ、お前はパパやママに何もらうんだよ?」
 するとミクとよばれた女の子は、ふたごをにらみつけて、こう答えました。
「もらわないっ!」
 ふたごは顔を見合わせます。
「もらわないって、プレゼントないのかよ?」
「そんなはずないよね?」
「……そうじゃなくて、ミクはサンタさんからプレゼントをもらうの!」
 ミクはまじめな顔をして、大声で言ったのですが……とたんにふたごはげらげらとわらいだしました。
「ええっ! お前まだサンタクロースとか信じてんの?」
「いるわけないじゃん! あんなのパパがへんそ……」
「いるもん!」
 ふたごの言葉をさえぎって、ミクがさけびました。
「サンタクロースは、ぜったいにいる!」
 それからミクはふたりをおいて、その場から走り出しました。ふたごはぽかんとしながら、遠くに行く女の子を見つめています。
 かけ足のミクはそのまま自分のおうちがあるアパートまで向かおうとしましたが、そのうちにつかれてしまって、いきを切らしながらぽつぽつと歩くことになりました。
「……いるもん……サンタさんはいるもん……」
 とつぶやきながらすすんでいると、何かさわがしい声が聞こえてきたので、思わず通りがかった家の前で立ち止まりました。
 だれかが戸口のところで話しているみたいです。ミクは気になって、ものかげからその様子をながめてみることにしました。
「たのむよ! クリスじいさん! おねがいだからサンタクロースやってくれよ! あんたならぴったりじゃないか!」
 大声を出しているのは、太りぎみのわかいお兄さんでした。ドアにしがみついて、いっしょうけんめい何かをしゃべっています。
「ダメじゃダメじゃ! 何度言ったらわかる! わしはもう、サンタになるのはやめにしたんじゃ!」
 おじいさんの声でした。
 ドアのかげにかくれて顔がわからなかったので、ミクがもうちょっと近づいてみたところ、ちょうどそのときにお兄さんもドアをひっぱったので、ちらりとそのおじいさんが見えました。
 ミクはびっくりしました。
 そのおじいさんには、白い長いおヒゲが生えていて――まるでサンタクロースみたいだったのです!


  ママとくつ

 その出来事と同じころ、ミクのママはお仕事をしていました。ママのまわりには、子どもの向けのおもちゃをはじめ、お人形さんや自転車、おかしもあれば、歯ブラシやせっけんもあるし、服もたくさんあります。
 いわゆる子ども向けの用品店というやつで、このあたりではいちばん大きなお店でした。そこでミクのママはものを運んだり、レジを打ったり、お客さんをほしいもののところへ案内したり。
 もちろんクリスマスシーズンなので、ツリーやらお星さまやら、クリスマスのかざりがお店のなかにいっぱいにあふれていました。お客さんもクリスマスプレゼントを買いに来た親ごさんや、子ども連れでやってきたおじいさんおばあさんなど、とってもにぎやかで、お店もかなりいそがしくなっています。
 ママがいつものように売り場で、商品の少なくなったところに新しいものを入れていると、お客さんから声をかけられました。
「すいません……」
「はい、何でしょう?」
 ミクのママがにっこりとふりかえると、そこには子どもを連れたその子のパパらしき人がいて、つづけてこんなふうに聞いてきます。
「スクルージのシューズはありますか?」
「はい、ございます。こちらへどうぞ!」
 お客さんが連れていかれた先にあったのは、とてもかっこいいデザインの男の子向けシューズ! それもそのはず、スクルージと言えば、この国でいちばん人気のシューズメーカーで、その会社の出すくつは、男の子向け、女の子向けを問わず、飛ぶように売れています。
 しかもそのくつはこの国だけでなく世界じゅうで売られていて、どの国でもかなりのひょうばんです。なので、この国では自分たちのところから生まれた世界のシューズとして、とりわけみんなから好かれているのでした。
 だから、その会社のスクルージ社長もこの国では有名人です。その日もクリスマスセールに合わせたインタビューを受けていて、こんなやりとりが放送されたくらいです。
「スクルージ社長、子どもたちに人気のシューズを作るひけつとはなんでしょうか?」
「いやあ、それは自分が子どもだったら、どんなくつがほしいか、ということを考えることです!」
「と、言いますと?」
「わたしは小さいころみなしごで、まずしかったのですが、どうしてもほしいくつがあって、毎日ショーウインドウをながめていました。けっきょく、そのくつは手に入らなかったのですが、そのことがわすれられなくて、あのくつのようなシューズを作ろうといつも思っているのです!」
「なるほど、だからなんですね!」
 と、こういう感じです。
 そういうわけで、ミクのママの目の前でも、子どもが食い入るようにスクルージのシューズを見つめています。目をかがやかせて、飛びはねて。
「うわあ! パパこれほしい! ぜったいにこれじゃないとやだ!」
「わかったわかった、よしよし、こいつを買ってやろうな。」
「わあい!」
 ミクのママはふたりを見ながら、にこにこしています。
「いかがですか?」
「はい、ぜひこれを下さい!」
 そのあと子どもの足のサイズを聞いて、ためしにはいてもらって、ぴったりだったので、シューズの箱を持ってふたりをレジのところへと連れて行きました。
 子どももその子のパパもうれしそうで、ミクのママも手をふりながらふたりを見おくります。そしてもとの持ち場へもどるわけですが……
 ミクのママはちょっとうつむきかげんで、目をふせて、それから口元を両手でつつんで……
 だれにもわからないように、小さくためいき。
 あれ? どうしたのでしょう?
 でも、その次のしゅんかんにはもう顔を上げて、にこにことしていました。いつも通りにお仕事をきっちりやります。いっしょうけんめいに、おうちで待っているミクのことを考えながら。


  ふたりのおうち

 ミクはおうちのなかへ入ると、そのまま台所まで行き、テーブルの上にカバンを置いて、なかからおべんとう箱を取り出し、それからイスに登って、ふたをあけておべんとう箱を流し台に入れます。
 そしてじゃぐちをひねって水を出したのですが……
「つめたっ!」
 冬ですから、思わずさわってしまった水はひんやりとしていて、手がかじかんでしまいます。
「ううっ……」
 おべんとう箱に水をはって、そばにかけてあったタオルで手をふくと、ミクは台所から出て行きました。
 アパートの一室、しずかなおうち。
 部屋のなかにはひびいているのは、かちかちかちという時計の音だけ。
 ママが帰ってくるまでは、ミクはおうちでひとり。
 でもやることがないわけじゃなくて、学校で出された宿題があります。ママはお仕事をがんばっているので、ミクもがんばって宿題をしながらおるすばんです。
 それに、いい子にしていないと、サンタクロースはやってきませんからね。クリスマスが近づいてますから、よけいにはりきらなきゃいけないのです。
 こうしてかりかりとえんぴつを使っていると、そのうちに日がくれて、おうちのドアがひらく音も聞こえてきます。
「ただいま。」
 するとミクはあわてて立ち上がって、声のした方へかけて行って、ママにぎゅっとだきつきます。
「おかえり!」
「きがえたら、すぐにばんごはんの用意するからね。」
「うん!」
 こうなると、もう時計の音も聞こえなくなります。ミクのママは台所で食事のしたくを始めて、ミクはその後ろでうれしそうにそのすがたを見ていて。鼻歌をうたったり、身体をゆらしたり、今日あったのことのお話をしたりしながら。
 やがてやってくる、楽しいばんごはん。
 ふたりでにこにこしながら、おいしい料理を食べます。
 それが終わると、あらいもの。
 食べたあとのお皿やおわんをふたりでかたづけます。ミクは運ぶのやしまうのを手伝ったりしますが、水あらいをするのはママです。冬の冷たい水を使って、ごしごしきゅっきゅ。ミクもそばで見ています。
「ミクは、サンタさんに何をおねがいするの?」
「……えっ?」
 おかたづけのとちゅうでママに聞かれて、ミクはぴくっといっしゅん止まりましたが、すぐにお皿を水切りの方へ持っていきます。
「う〜ん、どうしよう……かなあ……」
「決まったら、サンタさんにお手紙書かなきゃね。」
「う……うん。」
 するとミクに元気がないことに気づいて、ママはこんなふうにけしかけます。
「あれ? ミクどうしたの? もしかして……サンタさんがいないなんて思ってない?」
「ううん! ……いる、ぜったいにいるょ!」
 ミクはママの方にえがおを向けます。
「うふふ、よかった。ミクのところには、いい子だからぜったいに来るんだからね! 信じてなかったら、サンタさんキゲンを悪くしてそのまま帰っちゃうかも!」
「そんなのやだ!」
「今のはじょうだん。さあて、しばらくしたらおふろだから、おかたづけが終わったら今のうちに宿題ののこりをやっておくこと。」
「うん!」
 ミクとママのふたりのやりとり。ふたりだけのおしゃべり、ふたりだけの時間。夜から朝までずーっとずっと、ごはんもおふろもねるのもいっしょ。
 ……ふたりきり。


  クリスマスはありません

「……そういわれても、ほかの悪魔あくまのときとおなじように、サンタクロースはなにもいいませんでした。つかまってしまって、おちこんでいる。それはじじつです。でも、まだ心は負けていませんでした。……」
 ママはミクに本を読んでいました。
 こうやって、ミクがねむりにつくまでママはとなりにいます。ねるのを見まもると、ミクのママは部屋を出て、夜おそくまで、またお仕事の続きやおうちのことをするのです。
 そのことをミクは知っているので、その日は目をつむってねむったふりをしました。ミクがちゃんとねるまで、ママはずっとそこにいるからです。
 ママが出ていく音を聞きおえると、ミクはまっくらな部屋で目をひらいて、天井てんじょうをぼうっと見つめます。
(わかってる……)
 と、ミクは頭のなかで声を出します。
(わかってる……サンタさんがいないことなんて。ミクとママのおうちに、サンタが来ないことなんて。サンタはパパがやるもの。でもうちにはいないから。だから、だから……)
 ミクは毛布もうふをぎゅっとにぎりしめて、思いました。
(ぜったいにサンタは来ない。)
 いつもならねむれるまでじっとしているのですが、その日のミクは、なぜかママの顔がもう一度見たくなりました。なので、ベッドをそっとぬけ出て、ドアをあけ、向こうにいるママをこっそりのぞくことにしました。
 すると、ママはお仕事のものを手もとに置いて、何かを読んでいました。目をこらしてみると、それはミクがさっき書いたサンタクロースへのお手紙です。
(ううん……)
 ドアをしめて、ゆっくりとベッドへもどります。
(ミクには、ママがいる。ママがサンタさん。でも……)
 そして、毛布を頭の上までかぶります。
(ママのサンタさんはどこ? パパがいたときは、ママにもサンタさんがいた。でも今は、ミクにサンタさんはいても、ママにはサンタさんがいない……)
 ミクはベッドのなか、小さな声でつぶやきました。
「ママのサンタが、いなくなったんだ。」

 その夜、ついにとんでもないことが起こってしまいました。
 グリーンランドという北の島で、世界じゅうのサンタさんがあつまって会議をしていたのですが、なんとそこがおそわれてしまったのです!
 あいつぐサンタゆうかい事件をどうするか、そのことを話し合うためにあわててひらかれたのですが、ぎゃくにねらわれてしまったというわけです。
 その場にいたサンタクロースはみんなさらわれて、サンタのなかでいちばんえらい長老さんたちも、いっしょに連れて行かれてしまいました。
 みんなのサンタが……しかも本物のサンタさんたちが、ひとばんのうちにごっそりいなくなってしまったのです!


  サンタになるには……

「ふはははは、はっはっは、ああっはっはっ!」
 高わらいをしているのはスクルージ社長。そしてその前には、なんとなわでしばられた四人のサンタクロース。
「きさまらが長老どもか。サンタクロースという悪魔どもの元じめというわけだ!」
 ここはスクルージ・シューズの社長室で、つかまったサンタの長老たちを前に、スクルージ社長が見下ろしながらわらっていたのです。長老たちはみんなまゆをひそめて、社長の方を見上げていました。
「おぬし、何をするつもりか!」
 長老のひとりが言うと、スクルージ社長はほくそえんで、
「何とな? ではその目で見るがいい! メイくん!」
「はっ!」
 社長のかけ声に合わせて、ひしょのメイがボタンをおすと、部屋がまっくらになり、映像えいぞうがぼうっとうかび上がります。どうやらニュースのようですが、出ている人はかなりあわてているみたいで。
「たたた、たった今、世界じゅうで多発しているサンタしゅうげき事件の、犯行声明はんこうせいめいがとどきました! 全世界のメディアに向けて、いっせいに発信されたもようです! わが局も、日曜朝の番組をへんこうしてお伝えいたします! その大たんふてきな全文は、以下のとおりです!」

   今年のクリスマスは中止である!

   われわれは、全世界のサンタクロースをぼくめつする!
   本物のサンタ、サンタのふりをしている者、
   そのいかんを問わず、ことごとくたたきつぶす!
   クリスマスを行う者に不幸を!
   われわれは、世界じゅうのサンタをゼロにする者なり!

「この声明を出した一味が何ものなのか、今のところまったくわかっておりません! くりかえします、世界じゅうで多発しているサンタしゅうげきじ……」
 と、ここで部屋が明るくなり、元の社長室にもどりました。サンタの長老たちはすっかり青ざめた顔です。
「な、なんということだ……」
 そしてスクルージ社長は、また高わらい。
「くくくくく、ふわっはっは、かっかっかっか!」

 その同じ朝、ある家の前では、太りぎみのお兄さんとその家のおじいさんが、戸口のところでドアをはさんで言い合いをしていました。
「たのむよ、クリスじいさん! あんな事件が立て続けに起こってるもんだから、サンタのやり手がいないんだよ! あんただったらできるだろ! なあ、おねがいだってば!」
「知らん知らん知らん! わしゃもう、サンタはやめにしたんじゃ! 何があろうと、何が起ころうと、わしゃやらんと決めたんじゃ! わかったらとっとと帰れ!」
 こんなぐあいに、えんえんと同じことをくりかえしていたのですが、そこへふと、わりこんでくる声がありました。
「あのお……」
 小さな女の子の声に、ふたりはふと言い合うのをやめ、その声のした方を見ました。すると戸口の横に、ミクが立っていたのです。
 まずは太りぎみのお兄さんがたずねます。
「ええと、どうしたの?」
 でも、おじいさんはあいかわらず……
「何だ、お前もわしにサンタになれと言いに来たのか、やらんぞ、ぜったいにやら……」
「いいえ! ちがいます! その……」
 ふたりはふしぎそうな顔をして、ミクの方を見つめました。ミクはもじもじしながら、何か言いたげで。それから、やっとのことで勇気を出して、おじいさんに向かって、こう言ったのです。
「あの、サンタになるには、どうしたらいいですか!」


  ふしぎな箱

 今はもう使われていないだんろ。その上に、平べったい箱がありました。ちゃんとラッピングされて、かわいいリボンもついていて、でも何かがおかしくて。
 ミクはじっと見ているうちに、ふと気がつきました。
 ほこりをかぶっているのです。どっさりとあつくつもっていて、ずっとそこに置いてあったみたいで。
 そのとき、部屋のドアがひらいて、おじいさんがお茶を持って入ってきました。
「……まあ座れ。」
 ミクはだんろからはなれて、部屋のまんなかにあったソファにこしを下ろしました。太りぎみのお兄さんもとなりにすわりました。
 おじいさんはおぼんをテーブルに置いて、ふたつあったお茶をまずはミクに、そして自分の前にとくばりました。
「あれ? ぼくのは?」とお兄さんが言うと、
「お前にはやらん!」とおじいさん。
 そんなふたりをよそに、ミクはありがたくお茶に口をつけます。おじいさんはミクをにらんで、ミクも飲みながら上目づかいでおじいさんを見ていました。
 どちらも話し出さないので、いたたまれなくなった太りぎみのお兄さんが口火を切ります。
「えっと、ぼくの名前はカイ。こっちのおじいさんはクリス・クリングルっていって……」
「あいさつなどいらん!」
 カイお兄さんはまたおこられてしまいました。
 そしてクリスおじいさんはミクのひとみをしんけんな目つきで見すえています。ミクはぐっといきをのみこみました。
「……さっきの言葉は、本気か?」
「それって、そのサンタになるとかいう……」
「だからお前はだまっとれ!」
 カイお兄さんはしゅんとしました。
「どうなんじゃ?」
 クリスおじいさんの問いかけに、ミクはお茶のカップを置いて、きっぱりと答えます。
「本気です。ミクにサンタのなり方を教えてください!」
「……たいへんだとしてもか?」
「はい!」
 おじいさんは目をつむって、しばらくだまってから、声をしぼりだすようにして言いました。
「わかった。ならば、とっくんじゃ! できるな?」
「がんばります!」
 そのへんじを聞いてから、おじいさんはカイお兄さんの方を向いて。
「……おい、そこのお前、いっしょにとっくんだ。」
「へ? いや、ぼくはクリスじいさんにサンタをや……」
「だまれ! つべこべ言わずにやるんだ!」
「ひぃいぃぃ……」

 こんなわけで、おじいさんとミクとカイお兄さんの三人でのとっくんがはじまりました。サンタに必要な力やわざを、れんしゅうして身につけるのです。
 この日から、休みの日は一日じゅう、ふつうの日は学校の終わったあと、おじいさんのおうちの庭にあつまって、サンタになる方法を教えてもらうことになりました。
 ミクははりきって、お兄さんはしぶしぶ。
 もちろん、ミクのママにはないしょですよ。
(クリスマスに、ママをびっくりさせるんだ!)
 って、そんなふうにミクは考えていたのですから。


  とっくん!

「サンタクロースに大事なことが何かわかるか?」
 クリスおじいさんは聞きました。おじいさんのおうちの庭には、ふだんどおりの服を着た三人がいました。ミクとお兄さんが横にならんで、その前におじいさんが立っています。
「はい!」
 手をあげたのはカイお兄さんです。
「なんじゃ、言ってみろ。」
「サンタの赤い服です!」
「ばかもん!」
「えええええええ!」
「見た目だけサンタになっても、わざがなければサンタにはなれん。しかもそのわざには心が必要ひつよう。わざをきたえて心もきたえる、それがサンタクロースのとっくんなのじゃ!」
 そんな感じで始まったとっくんの第一は、わらい方のれんしゅうです。わらうことは、やさしい気持ちをふりまくこと、暗い気持ちをふきとばすこと、うれしい気持ちを人に見せること、楽しい気持ちにすなおになること。
「それに、サンタはてきじゃない、ということを相手にしめす意味もある。サンタになって人に会ったときは、まずわらうんじゃ。ひらいた手をおなかにつけて、こう――ホ! ホ! ホ!」
 カイお兄さんがやってみました。
「へ! へ、へへっ!」
「ばかもん、ぜんぜんなっとらん!」
 ミクもやってみました。
「ほ、ほ、ほお」
「う〜む、まだ力が足りんな。こう、おなかの底から声を出すんじゃ。ホ! ホ! ホ!」
「ほ! ほっ、ほお!」
「まだまだじゃが、まあ悪くはない。」
「へえ? へ、へへえっ。」
「お前はまったくだめじゃ!」
 ほかにとっくんしたのは、サンタのふくろの使い方です。あのまっ白で大きなふくろ。ぷっくりとふくらんでいますが、実を言いますと、あのなかには何にも入っていないのです! からっぽで、なかにあるのは空気だけ。
「それだと、何もあげられないよ!」
「うるさい!」
 おこられたのはカイお兄さんです。
「だからこその心じゃ。はじめからある何かのなかからひとつをえらんで、人にくばるのではない。その人を前にして、じっと考える。相手のほしいものは何か、何をもらったらよろこんでくれるか。なやみながら、ふくろに手をつっこむ。そして『メリークリスマス!』と強く思いのこもった言葉をさけびながら、ぱっとふくろから手を出す。……すると、そこには相手にぴったりのプレゼントがあるんじゃ。」
「そんなはずあるわけないよ。」
「なんだと! やってみろ!」
 カイお兄さんはやってみました。
「……めりいくりすますっと。」
 もちろん、ふくろから何も出てきませんでした。
「ほら、何もないところから何かが出てくるわけないじゃん。」
 ミクもやってみることにしました。
「……ううう、めりいくりすますぅぅぅ!」
「おおおお!」
 出てきました! ……石ころが。手のひらをひらくと、小さな石がころんと。
「おしいな、まだまだ力みすぎじゃ。」
「いやいやいや、何かタネがあるんだろ、ふくろを見せてよ。」
 カイお兄さんがミクのふくろをしらべましたが、何もありません。
「どうせその石だけが入ってたんだ、もう一度やってみろよ。」
「……めりーくりすますっ!」
 今度は貝がらが出てきました。それも、けっこう大きめです。
「え?」
 カイお兄さんはあわててふくろを取り上げて、またなかをのぞきました。でもやっぱり何もありません。さっきもありませんでした。いったい貝がらはどこから出てきたのでしょう?
「……おっかしいなあ。」


  イヴの前の日

 みっつめは、トナカイのよび方です。トナカイはふだん、さむいところにいます。なのでよばないと来ないのですが、この国からはかなり遠い場所なので、よび声を向こうにとどかせるだけでも、本当にひとくろうです。
「……まあ、いきなりはむずかしいじゃろうが……」
 クリスおじいさんが軽く口ぶえをふきました。すると、おうちのうらから一ぴきのトナカイがゆっくりとあらわれて、おじいさんのそばまで行き、ぴったりとからだをよせます。
「そんなトナカイをよぶとか、ありえないよ! どうせ、じいさんがかってるんだろ?」
「……その通りじゃ。」
「ええっ?」
「これはかなり高度なわざじゃ。だから遠くからよべずとも、こいつがなつくくらいができれば上等じゃな。」
「これにも、何かコツがあるんですか?」
 聞いたのはミクです。
「そうじゃな、トナカイをよぶには、『どうしてもお前が必要だ』と心のなかからおねがいすること。まあ、トナカイにはひねくれたやつが多いから、なかなか聞いてはくれんがな。」
 と言いながら、クリスおじいさんはトナカイをなでます。よく見ると、そのトナカイの鼻は赤く、てかてかしていました。
「……さあ、やってみろ。」
 カイお兄さんがやってみました……が、まず口ぶえの音すらなりませんので、問題外です。ふうううううう、といきがもれるだけ。トナカイもそっぽを向きます。
「あれ? トナカイちゃん、こっちこっち。」
 そこでカイお兄さんはあえてこっちから近づいていったのですが、そのしゅんかんにトナカイはお兄さんに向かってジャンプキック!
「ぐええっ!」
 そのままトナカイがお兄さんをげしげしやるので、あわててミクもやってみました。
「ぴぃぃぃ。」
 するとトナカイはお兄さんへのキックをやめて、ミクの方へやってきました。ミクもほっといきをつきます。
「た、たすかった……」
「うむ、なかなかやるのう……」
 こうして三人はとっくんを続けたわけですが、そのあいだにも世界じゅうのサンタしゅうげきはどんどんひどくなっていきます。三人がきゅうけい時間に見たニュースでも、そのことばかりやっていました。
「今日もまた世界各地でサンタがゆうかいされました! これでゆうかいされた人の数は七〇人をこえ、しゅうげきされた人の数は五〇〇人をこえています! そのせいで、世界じゅうからサンタになる人がへり、そのすがたを街でみることも少なくなっています。今年のクリスマスはいったいどうなってしまうのでしょうか!」
 それだけに、いっそうとっくんにも熱が入ったのですが……
 イヴの前の日、明日が本番ということもあってか、あまりにがんばりすぎて、ミクはおうちへ帰るのがおそくなってしまいました。いつもなら、ママのお仕事が終わる前にはおうちへいたのに、その日にミクがとっくんを切り上げてもどったときには、もうママがいて……
「ミク!」
 ドアをあけるなり、ママがミクに飛びついてきました。
「どこに行ってたの! 心配しんぱいしたのよ!」
「……ママ、あのね、その……」
 でも、ミクには言いわけができません。サンタのとっくんをしてるのは、ママにはないしょなのですから。
「だめじゃない! いい子にしてなきゃ!」
 おこられて、ミクはうつむきます。
「じゃないと、ニュースで言ってるみたいにサンタさん来な……」
「来るもん!」
 いきなりミクが大きな声を出したので、ママはびっくりします。
「明日、ぜったいに、来るから!」
 ミクはママをふりほどいて、ベッドのある部屋にひとりで入ってしまいます。ママは追いかけようとしましたが、手をのばしただけで動けず、部屋へかくれるミクを見まもることしかできずに。
「……ミク……」
 と、ぽつりと名前をよびました。


  昔から今まで、いつもいつでも

 ついにクリスマスイヴの日がやってきました。もちろん今日も、おじいさんの家で最後のとっくんがあります。けれどもミクは、ぼうっとして気がぬけて、ふくろのれんしゅうも、トナカイの口ぶえも、何だか身に入りません。
 クリスおじいさんはその日も変わらず、きびしく教えていましたが、そんなミクに気づかないはずがありません。きゅうけい時間に声をかけましたが、
「どうした! 今日はイヴじゃ、まじめにやらんと……」
 と言いかけたところで、ミクの暗い顔が見えて、思わず言葉を止めてしまいます。
「おじいさん……」
 こうなると、おじいさんも弱ってしまって。
「なんじゃ?」
「……クリスマス、どうなるの? やっぱり、サンタクロースって本当はいな……」
「だいじょうぶじゃ!」
 声にびっくりしてミクがおじいさんの顔を見かえすと、おじいさんは今までにないやさしい顔をして、話をし始めました。
「この冬至とうじのおまつりは、そうかんたんにはなくなりはせん。」
「ほんとに?」
「ああ、なんたって、何千年も前からあるおまつりじゃからな。そりゃあ、これまでに危ないことは色々あった。つぶされそうになったことだって何度もある。」
「そのときは、どうしたの?」
「名前を変えたり、ほかのおまつりにまぎれこんだり、ないしょでやったりじゃな。」
「クリスマスって、最初からクリスマスって名前じゃなかったの?」
「ああ、ちなみにサンタクロースも最初は名前なんてなかったし、ついてもみんなやたらめったらつけるもんだから、そりゃもうたくさんの名前があったのう。」
「たくさん?」
「ああ、たくさんじゃ。このクリスマスというのは、世界じゅうの冬のおまつりがいっしょくたになってできたものなんじゃよ。ツリーもケーキも赤い服も、元はべつべつのところから来ておる。みんなのおまつりなんじゃからな。」
「でも、今世界じゅうで……」
「なぜ、サンタが夜ねているあいだにそっとプレゼントを置いていくのか、知っとるか?」
「どうして?」
「その昔、つかまったら火あぶりになったからじゃ。そんなことさえ乗りこえて今の今まで続いてきたんじゃ。……しゅうげき? ゆうかい? 中止? そんなことで世界じゅうのサンタがだまるものか! それに……」
「それに?」
「……じょうちゃんだって、サンタになるんだろう? だったら、ここにひとりはサンタクロースがいる。……わしもおるしな。だからだいじょうぶじゃよ。」
「うん!」
 もちろん、サンタクロースはミクやおじいさんだけではありません。ごくごく近いところに、もうひとりいました。その日、ある子ども用品店では、みんなが頭をかかえていました。なぜかというと、クリスマスイヴだというのに、おそわれるのをこわがって、サンタになる人がいつまでたっても来ないのです。
「こまったな……たのんでおいたはずなのに……おきゃくさんの子どもたちも待っているっていうのに……」
 とあわてているのは、このお店の店長さんです。何人かあつまって、そうだんごとをしています。
「でも、サンタの服はあるんですよね? だったらうちのだれかが着れば……」
「お、おれはいやですよ! まきこまれるのはまっぴらごめんです!」
「しかしだな……このままでは……」
 そのしゅんかん、横から大きな声が入ってきました。
「わたしがやります!」
 店長をはじめ、みんなはびっくりしてその声の方へふりむきました。するとそこには、ミクのママが立っているではありませんか。
「わたしに……わたしにサンタをやらせてください。」


  ママがさらわれた!

「女もののサンタ服もありましたよね?」
 と、とまどう店長に向かって、ミクのママが言います。
「ああ、そうだが……でもルシアくん……」
「なら問題ありません、わたしがやります。」
「そりゃ、こっちとしてはねがってもないことだが……」
「その代わり、じょうけんがあります。」
「……な、なんだね?」
「そのサンタ服を今夜だけ、かしていただいてもいよろしいでしょうか?」
「……ああ、いいとも! それくらい、お安いごようだよ!」
「ありがとうございます。」
 こういうわけで、ミクのママはサンタさんになることとなりました。そうなのです、ミクだけじゃなく、ミクのママも。
(子どもたちにサンタのいないクリスマスなんて、見せられない。)
 そんなふうにミクのママは思ったのです。
(ましてや、パパのいないミクに、サンタのいないクリスマスなんて……)
 手をふるわせながら、ミクのママはサンタの服に着がえます。
(だから……わたしがサンタにならなきゃ!)

(だから……ミクがサンタにならなきゃ!)
 おじいさんのおうちでは、そう思って、ミクがサンタのれんしゅうを続けていました。いっしょうけんめいに、今夜のために。
 わらい方もうまくなって、ふくろのなかからまともなものが出るようになって、トナカイもすっかりなつくようになって。あいかわらず、となりのカイお兄さんはへっぴりごしで、うまくはなりませんが。
 そんなときです。
 ミクの友だちのふたごが、かけ足でおじいさんのおうちの庭へ入ってきたのです。
「いたよ!」
「いたか!」
 ふたりはその場にへたりこんで、ぜえはあといきを切らします。三人の方は手を止めて、ふしぎそうにふたごをながめていましたが、やがて早口でしゃべりだしました。
「ミク、たいへんだよ!」
「お前のママが、さらわれちゃったってさ!」
 ミクは、手に持っていたふくろを思わず下に落とします。
「あのね、ミクのママ、今朝からお店でサンタをやってたんだって!」
「で、さっきお店のあたりいったいがおそわれて、そのときにつれさられたって……!」
 そこでふたごはまた立ち上がって、
「つたえたよ!」
「つたえたからな!」
 と言うと、庭から走って出ていってしまいました。
 ミクも、カイお兄さんも、クリスおじいさんも、ぼうぜんとして立ちつくしていました。ふたりとも、ミクがどうしてサンタになりたいかは、よく知っています。
「……なんということじゃ。」
「これって、ニュースでやってる、サンタクロースをつぶすってやつだよな。」
「……そのようじゃ。」
「ど、どうすんだよ、なあ、どうしよう?」
 ミクは何も言えずに、うつむいていて。
「乗りこんで、うばえかえしに行くとか? ……でも、相手が何ものかはわからないんだよな……」
「……だんだんと日もくれてきたようじゃな。」
 そして、クリスおじいさんは強く言いはなちました。
「行くのじゃ。」
 カイお兄さんも、ミクも、おじいさんの方を向きます。
「プレゼントをくばりに!」


  それでもメリークリスマス

 ミクは、カイお兄さんやクリスおじいさんといっしょにサンタ服へ着がえをしていました。これからサンタクロースとして、プレゼントをくばりに行くのです。
 赤くふかふかもこもこしたサンタ服に身体を通しながら、ミクは少し前にあった庭でのやりとりを思い出していました。
『何言ってんだよ、さらわれたんだぜ、そんなことしてる場合じゃ……』
『場合なのじゃ!』
 カイお兄さんの言葉にクリスおじいさんがかさねます。
『今日はクリスマスイヴ、サンタはプレゼントをくばる日! なぐりこみなどもってのほかじゃ!』
『でもだな……』
『そんなことをしたら、あやつらと同じではないか!』
 そう言って、おじいさんはミクの方を見ました。
『サンタクロースは、たとえ自分がどうあっても、人にプレゼントをしようとするもの……そうなんじゃろう?』
 ミクは思い出しました。たとえパパがいなくても自分はサンタクロースになるんだ、と。それに、ママだってパパがいないのに、サンタクロースになろうとしてくれたってことを。
 そのあと、おじいさんはひそひそ声でこう続けます。
『……サンタになれば、トナカイはどこへでも、プレゼントをわたす相手のところへ連れてってくれるのじゃ。ママのところへとねがえば、その場所にも行ってくれる。じゃから、な?』
 ミクはにっこりして、大きくうなずきました。
『……ただし、今日のわしらはサンタクロース。出会ったひとがだれであっても、ちゃんとかならずプレゼントをわたすこと、いいな?』
 そしておじいさんはカイお兄さんの方を向いて、
『お前も来るんじゃ。』
『ぼくも? いやいやいや、待ってよ! だって、ぼくは……だから、やらな――』
『……サンタはモテるぞ?』
『――いこともないかな! うん、やる! やりますとも!』
 こうして、三人はサンタクロースとして出かけることになったのです。
 三人が着がえをしているそばには、サンタ服だけでなく、サンタクロースのふくろもみっつありました。れんしゅうに使っていたものと同じものです。
 ミクには気になっているものがひとつありました。それはだんろの上にある平べったい箱です。何かのプレゼントにしか見えないのですが、どういうわけかずっと忘れられていたみたいで。
 なので、ほかのふたりが着がえでいっぱいいっぱいのうちに、こっそりその箱を取り上げて、おじいさんのふくろのなかに、ないしょで入れてしまいました。
 やがてしたくが終わると、三人はまた庭にもどりました。すでに一ぴきのトナカイが今か今かとはしゃいで待っていました。
「おお、ルドルフ、うれしいか。よしよし、ほかのみんなもよんでやろう!」
 クリスおじいさんは、口ぶえを長々とふきました。
 すると、空の向こうがきらりと光って、だんだんとすずの音がこちらへと近づいてきます。そしてあっというまに、八ひきのトナカイとそりがあらわれたのです。
「ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、コメット、キューピッド、ダンダー、ブリクセム……うむ、全員そろっておるな。さあルドルフ、お前もつないでやろう。」
 赤い鼻をしたトナカイが九ひきの先頭です。それからクリスおじいさんとカイお兄さんとミクは、ふくろを持ってそりへ乗りこみました。
 いざ出発というときには、もうあたりはすっかりまっくらになっていました。さむいはずなのですが、トナカイとそりのまわりはふしぎとぽかぽかとしています。
「よし、行くぞ!」
 トナカイの首についた鈴の音とともに、三人の乗ったそりは空へと飛び立ち、おじいさんの庭からはすっかり見えなくなりました。


  サンタクロースはいるんだ

 さてそのころ、外の世界はどうなっていたのでしょうか。またニュースに耳をすませてみましょう。
「さきほど、毎年サンタクロースをレーダーついせきしているNORADより、発表がありました。『われわれは子どもたちのために、毎年、トナカイの赤い鼻のはなつ熱をとらえて、サンタクロースのいばしょをおいかけていますが、今年もぶじ、サンタをかくにんしたことをおつたえいたします。子どものみなさん、安心してください。サンタクロースはいなくなってはおりません!』」
「ここは、先日しゅうげきにあってたおされた、きょだいツリーの前です。見てください、おおぜいの人がいちがんとなって、ツリーを元にもどそうとがんばっています!」
「今日の各紙をごらんください! その多くのもので、『サンタクロースはいる』との社説がけいさいされています! またかくきぎょうの広告にも、『サンタクロースはいる』との……」
「本日のニュースは、サンタクロースのかっこうでお伝えいたします! わたくし、おそわれることもさらわれることもかくごしております! しかし、わたくしもふたりの子どもの親として、せきにんを持って本日……」
「何ということでしょう、おおぜいの、おおぜいのサンタクロースが川ぞいを走っています! 何人でしょうか、五〇人、いや一〇〇人! 数え切れません!」
 ちょうどそのニュースを見ていた人物のひとりに、あのスクルージ社長もいました。サンタしゅうげきとゆうかいのボスは、そのありさまを知って、歯ぎしりします。
「……なんだと! これは!」
 そのとき社長室へ、ひしょのメイが飛びこんできます。
「むりです、社長! 街じゅうにサンタがふえすぎて、おそいきれません、さらいきれません!」
「……ぐぬぬ!」
 そこへまた、もうひとりの社員が入ってきます。
「もう、さらったサンタを入れておく部屋がありません! どこもいっぱいです!」
「……くそう!」
 そして次々と社員が入ってきて、あれやこれや、問題を持ちこんできます。社長室はもうさわがしくて、とうとう社長も頭をかかえてしまったのですが……
「……ええい、負けてなるものか!」
 とさけんだしゅんかん、部屋がしずまりかえりました。
「お前ら、クリスマスがにくいだろう! そうだ、この会社の社員はみな、クリスマスへのにくしみを持っている! そうだろう?」
「その通りです!」
「クリスマスに幸せなやつらがねたましい、どうしておれにはそれがないんだ、そんなやつらは敵だ、みんな敵だと!」
「そうだ、敵だ!」
「ならばくじけるな! たとえサンタがうじゃうじゃと出てこようと、かたっぱしからジャマするかさらってしまえ! 部屋が足りなければここへ連れてこい! これは戦争だ、われわれとサンタクロースとのたたかいだ!」
「うおおおおおお!」
 社長室のなかは、ものすごいもりあがりです。部屋全体がふるえてしまうくらい、大声にみちていました。
 ですがそこへ、またもうひとりの社員が飛びこんできて。
「たいへんです!」
「なにごとだ!」
「さらってきたサンタが……いえ、長老たちがにげ出して、反らんを起こしています!」
 またそこへ、さらにひとり。
「たいへんです!」
「今度は何だ!」
「外から、正体不明のサンタクロースが三名、しんにゅうしてきました!」
「そんなやつら、さっさと取りおさえろ!」
「しかしそれが……」
 入ってきたふたりの社員が、わけがわからないというふうに、顔を見合わせます。
「どういうわけか、つかまえようとしたものが、みんなめろめろというか……ほんわかして、動けなくなっているんです!」


  本社ビル

 ミクとカイお兄さんとクリスおじいさんは、トナカイに連れてこられたビルのなかを走っていました。きっとここに、ミクのママがいるのです。
「いいか、だれにあってもプレゼントじゃ! すなおな気持ちで、ちゃんとプレゼントをわたすのじゃ!」
「はい!」
 とミクがへんじをしたそのとき、
「そこまでだ!」
 声とともにあらわれたのが、三人の社員です。クリスマスがきらいという理由で前年度にさいようされた、スクルージ・シューズの新入社員たち。
「ゆるさない! わたしたちのクリスマスぼくめつ計画をジャマするあなたたちが……」
 と女性じょせい社員がしゃべりかけたのですが、
「ホ! ホ! ホ!」
 と三人がいきなりわらいだしたので、社員たちはほんの少し、あっけにとられてしまいました。そのすきに女性社員の目の前へやってきたのが小さなかわいいサンタすがたの女の子。いっしゅん、気がゆるみそうになりましたが……
「ううん! だめよ、だまされてはだめ! かわいそうだけど、ここは……」
 すると、ミクはふくろに手をつっこんで、
「メリークリスマス!」
 と何かをさしだしました。その女性社員は目を見ひらいて、
「こ、これは三年前に別れた彼氏かれしの写真! そそそ、そうなのよ、わたしは三年前、クリスマスにこいつにふられて、だから……で、でも……うわああああん!」
 女性社員は泣きくずれてしまいました。ミクはわけがわからず、首をかしげています。
「メリークリスマス!」
 クリスおじいさんが男性だんせい社員に手わたしたのは、ロボットのおもちゃです。
「これはぼくが五さいのときにもらったロボット! どうしてこんなところに! なくなったかと思ってたのに! 最初はきらいだった、だってほしいものとはちがってたんだから。でもだんだんと好きになって……なくなったときは、あれだけ泣いたのになあ……わすれてたよ……」
 しかしカイお兄さんはやっぱりふくろのなかからプレゼントを出せなかったみたいで、つかまりそうになっています。ミクはかけ足でそばにいって、その男性社員ににっこりとプレゼントをわたします。
「メリークリスマス!」
「あああ、ありがとうございます。わわわ、お、女の子にプレゼントもらっちゃった、どどど、どうしよう。えあういお……」
 そのうちに、三人は先へ急ぎます。でもそれに気づいた男性社員は、
「あ、待て!」
 と言ったのですが、ミクがえがおで、
「ばいばい!」
 とかえしたので、男性社員もなぜかにっこりとして「ばいばい」と言って見おくってくれました。
 だいたいがこんなちょうしですすんでいて、三人は出てくる人みんなにプレゼントをわたしては、めろめろさせて先へと向かったのです。しかもめろめろとした人はみんなやさしくなって、ミクのママのいるところを聞くと、さきほど社長室に連れて行かれた、ということを教えてくれました。
 けれども、最上階に近いところで出くわしたのが……
「ここは、通しませんよ。」
 スクルージ社長のひしょのメイという女の人。今までの社員とはひと味もふた味もちがって、メガネをかけていて、すごみがあって……
 ミクが今までと同じように近づいてプレゼントをわたそうとしたのですが、
「メリークリ……」
 そこできつくにらまれたので、ミクもひるんで、おじいさんの後ろにかくれてしまいました。
「こやつ、ただものではないな。」
 クリスおじいさんも身がまえます。
 しかし、ひとりだけまったく別のことを考えていた人がいました。そうです、あのカイお兄さんなのです!
(き、きれいだ……すっごく、ぼくの好み!)


  どういうこと?

「ここはぼくにまかせて。」
 と何やらかっこよさそうなことを言って、カイお兄さんはひしょのメイへとてくてく向かっていきます。もちろん、きつくにらまれるのですが、お兄さんにはどうってことありませんでした。
(ああ……にらまれている。うれしいな。)
 そして歩いていって、カイお兄さんもひしょのメイの目を見たので、そこでちょうどふたりの目が合ったわけです。
「……な、何よ。」
 するといきなり、カイお兄さんは大声で、
「一目見て好きになりました! ぼくと付き合ってください!」
「は、はあ?」
 びっくりです。何を言うかと思いきや、いきなりの愛のこくはくです! ひしょのメイだけでなく、ミクもおじいさんも何がなにやらわかりませんでした。
「メリークリスマス!」
 そしてカイお兄さんがふくろに手をつっこむと、何か出てきました! はじめてちゃんとしたものが! しかも指輪です! とてもきれいで高そうな!
「えええ、ええ?」
 さすがのひしょのメイもとまどっています。そこですかさず、カイお兄さんはおしの一手で、相手の手をにぎって、その上に指輪を置きました。
「これが、ぼくの愛のしるしです!」
 でも、ひしょのメイは手をにぎられたことで、顔をまっかにしてしまい……
「きやあああああああああああ!」
 そうさけぶと、カイお兄さんのうでをひねって、それから身体もひっくりかえして、動けないよう、ゆかにおしたおしてしまいました。
「いたたた、あいたたたた!」
「いやあああああああああああ!」
 ミクとおじいさんは、ぽかんとして見ていたのですが、そのときカイお兄さんがこう言いました。
「今のうちに! ここはぼくにまかせて!」
 ふたりはうなずいて、われをわすれたひしょのとなりをぬけて、先へとすすみました。

 そのころ、社長室にはその日つかまえたサンタたちが連れこまれていました。なわでしばられて、動けなくされて。そのなかには、サンタ服を着たミクのママもいました。
 スクルージ社長は、そのサンタたちを見下ろしながら、言いはなちます。
「まったくバカなやつらだ。本物のサンタクロースなど、だれのところにもこないのだ! わかりきっていることではないか! 何よりも、お前らがそのサンタ服を着ているのがそのしょうこ! なぜそのような形のないものを信じる! 信じさせようとする!」
 そして社長はわらうのですが、そこへ大きな声がわりこんできて。
「信じるも信じないも自由よ!」
 そう言ったのは、ミクのママでした。
「なんだと?」
「やるやらないも、ひとりひとりの自由。でもあなたは、どうしてそれを他人ひとにおしつけるの?」


  スクルージ社長

「お前らもおしつけているではないか! この季節、この時期に、流れてくるクリスマスとサンタクロースのイメージ! いかにもやらねばならぬと、やらねば、幸せでなければ人ではないとでもいうような、もの言わぬおしつける力! これが自由をうばっていると言わずして、なんとする!」
「だからって、クリスマスとサンタをつぶすの?」
「そうさ、もの言わぬものであるからこそ、強くはむかわなくては、あらがわなくてはならない。だからつぶすのだ!」
「イヤなら、やらなければいいだけ。やらないと言えばいいだけ。なのに……!」
「ならばそちらも見せつけるな! とじこもってやっておけばいいのだ! 自分の幸せを、幸せでない人々に、これみよがしに見せびらかすなど……」
 と、スクルージ社長が言いかけたときです。
「クリスマスをする人が、みんな幸せなわけじゃないのよ!」
 社長室に、ミクのママの声がひびきわたりました。スクルージ社長も、思わずいきを飲みこみます。
「……幸せじゃないから、幸せになりたくてクリスマスをするのよ。サンタクロースになるのよ。」
 そして、スクルージ社長をにらんで、
「あなたは、『自分のところにはサンタクロースが来ない』って、ただすねてるだけよ。自由とかそういう話じゃない。だれかにはサンタがいる、自分にはいない、だからだだをこねてるだけ。自分にはいないから、みんなにもいなければいい、そうじゃないの?」
「ちがうちがうちがうちがうちがう――ッ!」
 スクルージ社長はうでをふりまわし、身体をゆさぶりながら、大声でさけびました。ぜえはあと言いながら、社長室のなかをせかせかと歩き回ります。
「ゆるさない、クリスマスも、サンタクロースも。けして、けしてだ!」
 そして、近くにいた社員に言います。
「しんにゅうしゃはどうなった? 今どこにいる?」
「画面に出します!」
 うつし出されたものに、いちばんびっくりしたのはミクのママでした。
「……ミク?!」
 そうです、画面のなかはひとりのサンタクロースと、サンタ服を着たミクが走っていたのです。
「……そんな、どうしてここに!」
 スクルージ社長はミクのママの方を見下ろします。
「ほう……するとあれは、お前のむすめか。親子そろってなまいきなやつらだ。……そうだ、ちょうどいい、そうしよう、ふはは、ふはははははは!」
 スクルージ社長がわらっていると、大きな音を立てて社長室のドアがひらきました。
 やってきたのは、サンタクロースの四人の長老たち。ずらりとならんで、社長の方を見つめています。みんな、ふくろのなかに手をつっこんで、タイミングをうかがいながら、かまえています。
 それを見て、社長はにやりとしました。
「ふん……ようやく来たか、サンタクロースの元じめどもよ。そのていどの力で勝てると思うのか? このみずからの手で、お前らをつぶしてやろうッ!」


  ごたいめん。

 ミクとクリスおじいさんのふたりは、何とか社長室の前までたどりつきました。
「ここじゃな。」
「……ママ。」
 ふたりは顔を見合わせて、いっせいにドアをおしました。大きく重いドアがぎいいいいとひらいていきます。
「……これは!」
 なかには、四人のサンタクロースがふくろも持たず、たおれていました。けれども、ミクのママも、つかまった人も、そこにはいませんでした。
 クリスおじいさんは、あわててサンタクロースたちにかけよります。
「お前たちはヴィスク、ナタル、それにペテロとキルーチャ!」
 長老たちはうめきながら、あらわれたふたりの方を見ます。
「あ、あなたは……もうしわけありません、あなたがるすのあいだ、こんなことに……」
「なんということだ。」
 そこへ、わらい声が聞こえてきます。社長室のつくえについている人物が、イスをひっくりかえして、こっちを向きました。
「……まったくたあいのないサンタクロースだ。」
 そしてまたわらうのですが、ミクはさけびました。
「ミクのママはどこ!」
「ママ? ああ、そうか……あそこだ。」
 スクルージ社長が言うと、大画面の映像えいぞうがあらわれます。そこには、たしかにサンタ服すがたのママがいました。けれども何かがおかしいのです。
「……ママ? ママ!」
 そう、ママがいたのはまっくらな夜空のなか。屋上から少しつきだされた足場の先に立っているのです。手首はしばられ、そして動けないように足首も、足場にくくりつけられていました。
「ふはははは、われわれの計画をジャマしてくれたようだが、それもここまでだ。母親を落とされたくなければ、そのふくろをよこすんだな!」
 スクルージ社長は、右手にはスイッチらしきものを持っていました。そして左手には、長老たちからうばったとおぼしきよっつのふくろ。
 ミクがクリスおじいさんを見ると、おじいさんはゆっくりとうなずきました。ふたりは社長の方へ向かって、ふくろを投げつけます。
「すなおなのは、いいことだ。」
 社長はふくろをひろいました。
「さあ、母親をはなすんじゃ!」
「はなす? 何のことだ。落とされたくなければ、とは言ったが……」
 とつぶやきながら、スクルージ社長はスイッチをふたりへほうります。
「こんなおもちゃにひっかかるとは。」
 ふたりの前に転がったものは、プラスティックでできた小さなケースでした。
「どうする? 屋上にでも行くか? あのなわ、手なら外せるぞ? ただ足場には手すりもフェンスもないから、ひどくあぶないがな! ふわっはははははッ!」
 ミクはいてもたってもいられなくなって、社長室から飛び出していきました。おじいさんが止めようとしましたが、間に合いません。足を出したときには、もうミクはいなくなっていました。
「……むごいことを!」
「むごい? こんなもの、わたしの人生にくらべれば、どうということはないさ。まるでじごくのような毎日……親子か! わらわせる! ここでその親子というものを見せてもらおうじゃないか。」
 そして社長は、クリスおじいさんをにらみつけます。
「なあ、無力むりょくでくだらんサンタクロースよ。」


  ちがうもん、サンタだもん

 ミクは社長室を出て、すぐそばにあったかいだんをのぼりました。急いで、かけ足で。そしてかぎのかかっていないドアをひらけます。
 屋上はヘリコプターが出たりおりたりできる、ただっぴろい場所でした。冬の風が強く吹きあれていて、ミクの小さな身体では飛ばされてしまいそうなくらいです。
 ママは、その屋上のはしの足場にくくりつけられていました。
「――ママ!」
 けれども、ミクのすがたに気がついたママは、こう言いかえします。
「ミク、来ちゃだめ!」
 もちろんミクは止まりません。
「あぶないから、こっちに来ないで!」
 それでもミクはすすみます。
「おねがいだから言うことを聞いて! いい子にしてないと、サンタさんが来な――」
「ちがうもん!」
 ミクがさけびました。
「ちがうもん! ミクじゃないもん!」
 強い風がびゅうびゅうと吹いて、ミクはつまずいて、屋上で転がってしまいます。
「あっ!」
 でも、ミクは立ち上がりました。
「ちがうもん……サンタだもん……ママのところに来た、サンタだもん!」
 ミクはそのまま前へ、少しずつ足を出していきます。風にも負けません、こわくてもがまんします。だって、ミクは今日、サンタとしてママのところに行きたいのです。ぜったいに行くのですから!
 ミクがママのそばまで来ると、ママはしばられたまま、ひざをまげてしゃがみます。うでのなわが外されると、ママはミクをだきしめました。
「……ありがとう、ありがとう、ミク。」
「……ミクじゃないもん、サンタだもん。」
 ママはわらいました。
「メリークリスマス、ママのサンタさん。」
 そして、ミクもほほえみました。
「メリークリスマス、ミクのサンタさん。」

 スクルージ社長とクリスおじいさんは、画面でふたりのことをながめていました。ミクとママがだきあうと、社長は画面から目をそむけ、こう言います。
「まあいい、ひとりやふたり、親子がどうしようと知ったことではない。こっちは、サンタクロースにふくしゅうできればそれでいいのだ。」
 社長はイスから立ち上がり、おじいさんに近づきます。
「さあどうする? ふくろのないお前など、ただのじいさんだ。――はははッ!」
 手にふくろをにぎりしめたスクルージ社長がわらいます。するとクリスおじいさんは、まじめな顔をして、こうたずねます。
「……ふくろがこわいのか?」
 社長のわらい声が止まりました。
「……プレゼントがこわいのか?」
「何を言う! うちの社員どもはすぐに負けたようだが、わたしはちがう! わたしには何もない! クリスマスの思い出も何もかもだ! 子どものころにも愛されはしなかった! 今だってそうだ! それに、だれからもプレゼントなどもらったことはないし、ここにねっころがってるやつらも、まるで見当外れのものを出す! 何がサンタだ! こいつらも……あんたも……!」
 クリスおじいさんは、何も言いませんでした。
「きっと、このふくろのなかにだって……!」
 そうしてふくろに手をつっこんだとき、社長の顔色がかわりました。手を出すと、そこに平べったい箱があらわれたのです。クリスおじいさんもびっくりしました。
「まさか、それは……!」


  五〇年前からやってきたプレゼント

「なんだこれは、このうすぎたない箱は!」
 ほこりまみれで、色やけしたリボンのついた、プレゼントの箱。スクルージ社長はわらいながら、びりびりと箱をやぶっていきます。
「こんなものを、わたしにプレゼントだと! わらわせるな!」
 そして社長が箱をあけると、なかから一足のくつが出てきました。色あせて、とっくに流行おくれになった、男の子用の古いくつです。社長はふるえながら、ゆっくりとそれを手にとります。
「そんな、そんなはずが……!」
 目を大きくひらいて、よおく見ますが、やっぱりそうなのです。
「これは……わたしが小さいころ、ずっとほしかった、あのくつ……クリスマスのあと、いつしかショーウインドーからもなくなって……わたしは……わたしはこれがほしくて、くつを作った……でも手に入らなかった……あれと同じものは……二度と……」
 クリスおじいさんもつぶやきます。
「わしが昔、本物のサンタクロースじゃったとき、ある少年にクリスマスプレゼントをわたしそこなった。まさか、きみがその少年だったとは……」
「なぜだ! なぜわすれた! わたしは……わたしは待っていたのだ!」
 社長が問いつめますが、クリスおじいさんは答えません。そこへ、長老のひとりが何とか立ち上がって、話の続きをひきつぎます。
「もうそのときには、サンタの力は弱っておった。信じるものが少なくなってな。サンタにもげんかいがあったのじゃ。ある年、ひとりの少年にプレゼントをわたしそこなったことで、ついにおさはサンタをやめた……」
 そしてもうひとり長老が、こう言いました。
「本物のサンタひとりだけではむりだからこそ、今はおおぜいのサンタと、サンタになってくれる大人たちが、何とかしている。だがそれでも、むりがあるということなのじゃろうな、これは。」
 けれども、スクルージ社長はさけぶのをやめません。
「だが、今さらそんなことを言われても、おそすぎる! おくれたいいわけをするために、のこのこやってきたのか!」
「ちがう……その箱を持ってきたのはわしじゃあないし、わしはもう、サンタはやめたつもりでおった。だがあの子が……」
 クリスおじいさんは、画面にうつっているミクを見ました。
「――まさか、家に置いてあった箱を、あの子が!?」

 ミクは、ママの足についたなわをほどいていました。けれどもかなりかたくて、なかなかほどけそうにありません。
「ミク、いいのよ、もう自分でほどけるから。」
「ううん、ミクが……ママのサンタがほどくの。」
 そうして、ようやくほどけたと思ったそのとき――ミクの手がすべって、身体がぐらっとゆれて……屋上から……
「ミク!」
 落ちそうになるミクを、ママは見のがしませんでした。ママはミクに手をそえてささえたのですが、なわが外れてしまったために、それまで足だけで何とかしていたバランスがいっきにくずれてしまって……
「ママ!」
 ミクのママは、まっくらな空のなか、下へ下へとすいこまれていきます。どんどんと小さくなっていきます。
「――ママ、……ママ!」
 そのとき、ミクは気がつきました。そしていっしゅんのうちに、今までれんしゅうしてきたことを思い出して……
 ――思いっきり口ぶえをふいたのです!


  トナカイのふる夜

 すると遠い空の向こうが光りました。はじめはその光もひとつだったのですが、ふたつ、みっつとどんどんふえていき、一〇、二〇、いえ……五〇、一〇〇! 数え切れないほどの光が、こっちへやってきます。
 そしてたくさんのすずの音、そうです、おおぜいのトナカイが、遠い北の国から飛んできたのです。
「おねがい、ママをたすけて!」
 ミクはさけびました。すると、そのなかの光がひとつ、ものすごいいきおいでビルの下へと向かっていきます。
 まっくらな空のなかを、ぐんぐんとつきすすんでいくトナカイ。まっすぐに落ちていくママを、下でふわりと受けとめます。
 そしてすぐに、ミクの前へそのトナカイがあらわれました。そりの上には、びっくりした顔のママがすわっています。
 ミクはそりに飛び乗って、ママにだきつきました。ママもミクに手をまわして、だきしめます。
 ビルのまわりには――ミクとママのまわりには――一ぴきごとにそりをつけたトナカイがあつまっていました。ふたりをよろこびいわうように、鈴がしゃらんしゃらんとなっています。
「ママ!」
「……ミク!」
 と、よびあって、ふたりはおたがいのぬくもりをしっかりと感じたのでした。

「……まさにキセキじゃ。」
 クリスおじいさんはつぶやきました。
 スクルージ社長はびっくりしすぎてしまい、その場にへたりこんで、もう動くこともできません。
「……サンタクロース。」
 社長はミクを見ながら、そうつぶやきました。
(あの子が、わたしのサンタクロースになってくれたというのか……それなのに、わたしは、わたしは……)
 社長はにぎりしめたままのくつを、じっと見つめます。
(……サンタクロースになる、こと。……あのとき、だれかがわたしのサンタクロースになってくれていれば、こんなことには……いや、ちがう……今、わたしが同じように……)
 そのとき、おじいさんは長老たちの方を向いて、こう言いました。
「今日はクリスマスイヴじゃ。急がんとえらいことになる。まずはあのトナカイで、つかまっている人をみな家に帰すんじゃ!」
「ホ! ホ! ホ!」
 さきほどまでたおれていたはずの長老たちが、てきぱきと動き出しました。あわてて長老たちが出て行くと、クリスおじいさんは社長に話しかけます。
「それで、いいかの?」
 社長はうなずきます。
「今日のことや、これまでのこと、そのきおくは全部まとめて、つかまった人からも、君のところの社員からも、消しておく。」
「……そんな! それではこの事件のせきにんが……!」
「これもみんな、わしのせいじゃ。そうさせてくれ。ただ、君とわしだけは、このことをわすれちゃいかん。ぜったいに……」

 その日、世界じゅうの人々が、たくさんのながれ星を見ました。いろんな方角にながれていく星をです。
 そのながれ星は、二四日から二五日にかけての夜が終わるまで、ずっと見ることができました。
 けれどもそのながれ星が、本当はトナカイであったことを知る人は、だれもいません。
 ……ほんの少しばかりの人をのぞいては。


  二五日のエピローグ

「クリスマスイヴから一夜あけた今日、クリスマスはそれまでのさわぎが何でもなかったようなにぎわいを見せています。昨日までにつまかった人たちは、その家族によりますと、夜にトナカイに乗って帰ってきたといい、そのことと事件とのつながりはよくわからないまま……」
「グリーンランドこくさいサンタクロースきょうかいの発表が今朝出されましたが、そこでも『よくわからない。もしかすると本物のサンタクロースにあつめられて、ないしょのとっくんでもさせられたのかもしれない。』と答えており、こんらんをきわめて……」
「世界的シューズメーカー、スクルージ・シューズのスクルージ社長は会見を行い、世界のめぐまれない子どもたちに自社のかたおちシューズをむしょうでていきょうすると発表しました。これはたいへんうれしいクリスマスプレゼントであり……」
 昼間のデリカフェでは、そのようなニュースがながれていました。そんななか、メガネをかけたひとりの女のひとがランチをとろうとしていました。そこへ、ひとりの男のひとが声をかけます。
「すいません、あい席いいですか? こんでるもので。」
 女のひとが顔を上げると、少し太りぎみの男のひとが立っていました。いいですよ、と軽く答えたものの、前にすわった男のひとがどうも気になります。
 それは、向こうも同じようで。
「……あの、どこかで会いましたっけ?」
 すると、女のひとはこう答えます。
「……その、わたしもそんな気がするんですが、どうも思い出せなくて。」
「ふしぎですね。」
「そうですね、……あの、お仕事は何を?」
「こじいんの職員なんです、昨日なんかもうたいへんで……」
 と、ふたりはわらいながら、それをきっかけに、話が始まりました。
 そのすぐ近くに大きな子ども用品店があるのですが、そこではクリスマスセールをやっていました。もちろんサンタクロースもいて、子どもたちに大人気です。
 でも、そのお店のサンタクロースがほかとちょっとちがったのは、おじいさんのサンタではなく、親子ふたりのサンタだったことです。ひとりの女の子とそのママ。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
 ふたりのかけ声に、みんなもかえします。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
 そのたびにふたりのサンタは顔を見合わせて、にっこりとわらいます。今日だけは、ふたりがサンタのようです。
 そしてそこからはなれた、あるおうち。昨日まではおじいさんひとりとトナカイ一ぴきがすんでいたのですが、もうだれもいません。ひっそりとしずまりかえっています。
 いったい、どうしたのでしょうね。
 それを知っているのは、世界でふたりだけなのですが、きっとしゃべってはくれないでしょう。
 だから、本物のサンタクロースがどこへ行ったのかは、ひみつなのです。
 けれども、また来年のクリスマスイヴになれば、世界のどこかにひょっこりと、あらわれるかもしれませんね。





作品名:ゆかいなサンタになる方法
著者:オオヒサヤストモ
原案:ライマン・フランク・ボーム「サンタクロースがさらわれちゃった!」
2009年11月15日初版
2009年12月15日微修正
2009年12月15日ファイル作成
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上記のライセンスに従って、非営利目的に限り、著者に断りなく自由に利用・複製・再配布または派生作品の制作を行うことができます。
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